第5話
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綾は両手をきつく握り合わせて座っていた。
何もできず、ただ時間がぽたぽたと自分の足もとに零れていくのを見ているしかなかった。
パルドアの部屋に連れてこられた綾は、まず部屋の中を観察した。
陽当たりの良い大きな窓。
寝室のドレッサーには娘が使うのだろうか、凝った装飾の持ち手がついた手鏡とブラシ。
リビングのテーブルには金糸の刺繍が入ったパルドアのタイと、綾のために用意されたミルクティ。
綾は手鏡を借り、窓辺の明るい場所で髪を直すフリをしながらこっそりとモールス信号を送った。
庭にいる次元になら、出演した全ての芝居を見てくれていた彼なら、この信号が誰からのものか気づくだろう。
やがてソーントンがプルーデンスを探しにやってきた。
モールス信号に気づいて綾の危機を察したのか、パルドアの侍女がドレスを取りに来たとマリー(ルパン)に聞いて何か勘ぐったのか、それは分からない。
従者の男に口を封じられたまま、綾はじっとソーントンの声を聞いているしかなかった。
助けが来たと希望を抱いたのもつかの間だった。
パルドアはソーントンをうまく追い返してしまった。
今はもうドレスの着付けも髪結いも済み、パーティの行われる広間へ出向くだけになっている。
このまま何もなければ数分後にはパーティが始まり、綾は究極の選択を強いられる。
(次元……)
綾は不安にさいなまれた。
あのモールス信号に気づいたとして、はたして次元は助けてくれるだろうか。
あんな風に喧嘩をした後では、助けを期待するのは虫がよすぎるかもしれない。
『心配なんだ』
そう言ってくれたのに。
『貴方に責められる謂れはないわ!』
なんて事を言ってしまったのだろうと、綾はため息をついた。
「王女でもそんな顔するんですね」
ローラが隣に腰を下ろした。
「私だって完璧じゃない。誰にだって悩みはある。王族だって人間よ」
「まぁ、そんな」
ローラはクスッと笑った。
「何でも思い通りになるのに、悩むことなんてあります?」
勘違いも甚だしい。
綾は唇を噛みしめた。
王女になってみるとわかる。
思い通りになることなんて、そんなに多くなかった。
だからプルーデンスはしょっちゅう逃げ出していたのだと思う。
「思い通りになっていたら、こんな所にはいないわ」
「それはあなたが、王女ではないからでしょう? 綾さん」
ローラはまた小さく笑った。
感情をストレートに出さない。
それが淑女の慎みだ。
「…………」
綾は彼女が哀れに思えてきた。
つまらない人生。
王子しか見えず、ただ彼だけに執着して。
「物事はもっと多角的に見るべきよ」
「多角的? どういうこと?」
「クラウス王子との結婚の望みがなくなった。でもそれは、他にもっといい人が……」
鋭い音とともに綾の頬に痛みが走った。
頬を片手で押さえ、綾は呆然とローラを見つめる。
「あなたに言われたくないわ!」
ローラが声を荒げた。
「あなたは恋人に振られてもそんな風に思えるの? 他にいい人が現れるって!」
「何を騒いでいるんだローラ、みっともない」
パルドアがやってきてローラを隣の部屋へ追いやった。
「娘が大変失礼を。あれにはよく言い聞かせておきます。お怪我は?」
「あっ、いえ……私がいけなかったの、どうか彼女を叱らないで」
綾はため息をついた。
彼女の言葉を反芻する時間はなかった。
「…………」
時間切れだ。
無言で差し出されたパルドアの手に観念して、綾はその手に自分の手を重ねて立ち上がった。
何もできず、ただ時間がぽたぽたと自分の足もとに零れていくのを見ているしかなかった。
パルドアの部屋に連れてこられた綾は、まず部屋の中を観察した。
陽当たりの良い大きな窓。
寝室のドレッサーには娘が使うのだろうか、凝った装飾の持ち手がついた手鏡とブラシ。
リビングのテーブルには金糸の刺繍が入ったパルドアのタイと、綾のために用意されたミルクティ。
綾は手鏡を借り、窓辺の明るい場所で髪を直すフリをしながらこっそりとモールス信号を送った。
庭にいる次元になら、出演した全ての芝居を見てくれていた彼なら、この信号が誰からのものか気づくだろう。
やがてソーントンがプルーデンスを探しにやってきた。
モールス信号に気づいて綾の危機を察したのか、パルドアの侍女がドレスを取りに来たとマリー(ルパン)に聞いて何か勘ぐったのか、それは分からない。
従者の男に口を封じられたまま、綾はじっとソーントンの声を聞いているしかなかった。
助けが来たと希望を抱いたのもつかの間だった。
パルドアはソーントンをうまく追い返してしまった。
今はもうドレスの着付けも髪結いも済み、パーティの行われる広間へ出向くだけになっている。
このまま何もなければ数分後にはパーティが始まり、綾は究極の選択を強いられる。
(次元……)
綾は不安にさいなまれた。
あのモールス信号に気づいたとして、はたして次元は助けてくれるだろうか。
あんな風に喧嘩をした後では、助けを期待するのは虫がよすぎるかもしれない。
『心配なんだ』
そう言ってくれたのに。
『貴方に責められる謂れはないわ!』
なんて事を言ってしまったのだろうと、綾はため息をついた。
「王女でもそんな顔するんですね」
ローラが隣に腰を下ろした。
「私だって完璧じゃない。誰にだって悩みはある。王族だって人間よ」
「まぁ、そんな」
ローラはクスッと笑った。
「何でも思い通りになるのに、悩むことなんてあります?」
勘違いも甚だしい。
綾は唇を噛みしめた。
王女になってみるとわかる。
思い通りになることなんて、そんなに多くなかった。
だからプルーデンスはしょっちゅう逃げ出していたのだと思う。
「思い通りになっていたら、こんな所にはいないわ」
「それはあなたが、王女ではないからでしょう? 綾さん」
ローラはまた小さく笑った。
感情をストレートに出さない。
それが淑女の慎みだ。
「…………」
綾は彼女が哀れに思えてきた。
つまらない人生。
王子しか見えず、ただ彼だけに執着して。
「物事はもっと多角的に見るべきよ」
「多角的? どういうこと?」
「クラウス王子との結婚の望みがなくなった。でもそれは、他にもっといい人が……」
鋭い音とともに綾の頬に痛みが走った。
頬を片手で押さえ、綾は呆然とローラを見つめる。
「あなたに言われたくないわ!」
ローラが声を荒げた。
「あなたは恋人に振られてもそんな風に思えるの? 他にいい人が現れるって!」
「何を騒いでいるんだローラ、みっともない」
パルドアがやってきてローラを隣の部屋へ追いやった。
「娘が大変失礼を。あれにはよく言い聞かせておきます。お怪我は?」
「あっ、いえ……私がいけなかったの、どうか彼女を叱らないで」
綾はため息をついた。
彼女の言葉を反芻する時間はなかった。
「…………」
時間切れだ。
無言で差し出されたパルドアの手に観念して、綾はその手に自分の手を重ねて立ち上がった。