アップルパイ
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カランカラン。
雨坂が徒然珈琲のドアをくぐると、店内は今まさに一触即発の状態だった。
張り詰めた空気。
痛いほどの緊張感。
入りかけた客が思わず躊躇して足を止めるような雰囲気だ。
雨坂は作家特有の観察眼をもって店内をざっと見回した。
客は1組だけ。
常連の夫婦だから、このくらいで居心地悪く感じたりはしない。
かつては自分たちが、目玉焼きの調味料をめぐってこの雰囲気を作り出したこともあってか、懐かしむ様子さえ見せている。
雨坂はいつものように佐々波と背中合わせの席に座った。
目を閉じて背もたれに寄りかかり、元凶たちの会話に耳を傾けた。
聞く前からあらすじはわかっている。
ふた皿のアップルパイを前にして、不機嫌そうな顔のパスティーシュ。
彼女と向かい合わせの席に並んだ佐々波と綾は、固唾をのんで彼女を見つめている。
「どちらがと言われましても……」
彼女なりの優しさをもって、パスティーシュは言葉を濁した。
「ハッキリ言ってあげてよパスティーシュ。私の方が美味しいって」
「いや、味なら俺の方が美味いだろう」
「そんな見た目じゃ、いくら美味しいって言われても信用できないよ」
「何をぅ?」
「何よっ?」
パスティーシュが大きなため息をついた。
眉間をピクピクさせているのが目に浮かぶ。
雨坂はやれやれ、と思う。
この先は作家でなくても展開が読める。
何度となく見てきたシュチュエーションだからだ。
佐々波と綾には学習能力がないのかと思う。
「いい加減にして下さい。こんなくだらない事に対応する程、お給料頂いてません」
パスティーシュが言った。
「でもまぁ、オーナーたってのお願いなので、一度だけ言わせて頂きます。まずオーナー、これはそもそも食べ物にすら見えません。全ボツの一作目から全然成長してませんね」
「ううっ……」
「あはは、容赦ないなー」
勝ち誇る綾に、パスティーシュは言葉を続けた。
「綾さんのは見た目が普通に見える分、悪質です。口の中に広がるくどいまでの甘さと、いつまでも余韻の残るしつこいまでの甘さ。犯罪です」
「ううっ……」
「ようするに、どちらも全ボツです」
バッサリと切り捨てると、パスティーシュの靴音が厨房へと遠ざかっていった。
見事な大岡裁きに、雨坂は思わずニヤリとする。
2人は深いため息とともにソファに腰を下ろした。
「おいストーリーテラー」
背後から佐々波の声がふってきた。
どうやら雨坂の存在に気づいていたようだ。
仕方なく目を開け、首をひねって顔だけを彼に向けた。
「何です?」
「お前はどう思う」
「私はケンカップルの愛の語らいを邪魔する趣味はありません。馬に蹴られて死んじまいたくないですし」
「ケンカップルって……」
綾はパッと佐々波を見上げ、彼と目が合うと慌てて目をそらした。
「べ、別に佐々波さんなんか……」
耳まで真っ赤になって、そっぽを向く。
これは、以外に早く勝敗がつきそうだ。
雨坂はチラリと視線を佐々波に向けた。
佐々波は綾の反応を見るや、片手で口を覆った。
平静を装おうとしているが、こみ上げる笑みを隠しきれていない。
「綾。喫茶店にアップルパイでも食いに行こう」
佐々波は急いで全ボツのパイを厨房へと下げると、綾の手をとった。
今までのケンカは何だったのかと呆れる程、仲良さそうに歩いていく。
「一応、ここも喫茶店なんですけどね」
佐々波の後ろ姿を見送り、雨坂にコーヒーを差し出しながらパスティーシュは苦笑した。
「この様子じゃ、徒然珈琲のメニューにスイーツが並ぶのはまだまだ先ですね」
「いいんですよ」
雨坂は出されたコーヒーに口をつけた。
ほろ苦い香りが口直しにちょうど良い。
「甘いのはあの2人だけでじゅうぶんです」
おわり
雨坂が徒然珈琲のドアをくぐると、店内は今まさに一触即発の状態だった。
張り詰めた空気。
痛いほどの緊張感。
入りかけた客が思わず躊躇して足を止めるような雰囲気だ。
雨坂は作家特有の観察眼をもって店内をざっと見回した。
客は1組だけ。
常連の夫婦だから、このくらいで居心地悪く感じたりはしない。
かつては自分たちが、目玉焼きの調味料をめぐってこの雰囲気を作り出したこともあってか、懐かしむ様子さえ見せている。
雨坂はいつものように佐々波と背中合わせの席に座った。
目を閉じて背もたれに寄りかかり、元凶たちの会話に耳を傾けた。
聞く前からあらすじはわかっている。
ふた皿のアップルパイを前にして、不機嫌そうな顔のパスティーシュ。
彼女と向かい合わせの席に並んだ佐々波と綾は、固唾をのんで彼女を見つめている。
「どちらがと言われましても……」
彼女なりの優しさをもって、パスティーシュは言葉を濁した。
「ハッキリ言ってあげてよパスティーシュ。私の方が美味しいって」
「いや、味なら俺の方が美味いだろう」
「そんな見た目じゃ、いくら美味しいって言われても信用できないよ」
「何をぅ?」
「何よっ?」
パスティーシュが大きなため息をついた。
眉間をピクピクさせているのが目に浮かぶ。
雨坂はやれやれ、と思う。
この先は作家でなくても展開が読める。
何度となく見てきたシュチュエーションだからだ。
佐々波と綾には学習能力がないのかと思う。
「いい加減にして下さい。こんなくだらない事に対応する程、お給料頂いてません」
パスティーシュが言った。
「でもまぁ、オーナーたってのお願いなので、一度だけ言わせて頂きます。まずオーナー、これはそもそも食べ物にすら見えません。全ボツの一作目から全然成長してませんね」
「ううっ……」
「あはは、容赦ないなー」
勝ち誇る綾に、パスティーシュは言葉を続けた。
「綾さんのは見た目が普通に見える分、悪質です。口の中に広がるくどいまでの甘さと、いつまでも余韻の残るしつこいまでの甘さ。犯罪です」
「ううっ……」
「ようするに、どちらも全ボツです」
バッサリと切り捨てると、パスティーシュの靴音が厨房へと遠ざかっていった。
見事な大岡裁きに、雨坂は思わずニヤリとする。
2人は深いため息とともにソファに腰を下ろした。
「おいストーリーテラー」
背後から佐々波の声がふってきた。
どうやら雨坂の存在に気づいていたようだ。
仕方なく目を開け、首をひねって顔だけを彼に向けた。
「何です?」
「お前はどう思う」
「私はケンカップルの愛の語らいを邪魔する趣味はありません。馬に蹴られて死んじまいたくないですし」
「ケンカップルって……」
綾はパッと佐々波を見上げ、彼と目が合うと慌てて目をそらした。
「べ、別に佐々波さんなんか……」
耳まで真っ赤になって、そっぽを向く。
これは、以外に早く勝敗がつきそうだ。
雨坂はチラリと視線を佐々波に向けた。
佐々波は綾の反応を見るや、片手で口を覆った。
平静を装おうとしているが、こみ上げる笑みを隠しきれていない。
「綾。喫茶店にアップルパイでも食いに行こう」
佐々波は急いで全ボツのパイを厨房へと下げると、綾の手をとった。
今までのケンカは何だったのかと呆れる程、仲良さそうに歩いていく。
「一応、ここも喫茶店なんですけどね」
佐々波の後ろ姿を見送り、雨坂にコーヒーを差し出しながらパスティーシュは苦笑した。
「この様子じゃ、徒然珈琲のメニューにスイーツが並ぶのはまだまだ先ですね」
「いいんですよ」
雨坂は出されたコーヒーに口をつけた。
ほろ苦い香りが口直しにちょうど良い。
「甘いのはあの2人だけでじゅうぶんです」
おわり
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