第4話

「エンジェル……私のエンジェル……」
パパの声が聞こえる。
秘密の名前を呼ぶ、優しい声。
目を開けて周りを見回したが、真っ暗で何も見えなかった。
「パパ……?」
呼びかけると、研究所にいたパパが振り返り、恐い顔をして近寄ってきた。
「綾、マイクに触るな! 何度言ったら分かるんだ!」
パパが手を振り上げた。
思わず目を閉じる。
「綾、貴女は素晴らしいわ」
今度はママの声が聞こえた。
目を開けると、言葉とは裏腹に、寂しげな笑顔のママ。
「ママ……?」
「綾、ママにおめでとうって言って頂戴。私はそれだけで十分……」
ママは両手を広げた。
ママの胸に真っ赤なシミが広がっていく。
辺りが炎に包まれた。
「ママ! ママ!」
泣きながら必死に叫んだ。
ママと一緒に、平屋の家が崩れていく。
お願い、誰か嘘だって言って!
「綾! おい、綾!」
次元の声が聞こえた。
とたんに目の前の光景は全て消え去った。

「綾!」
肩を揺すぶられ、綾は目を開けた。
ベッド脇で次元が顔を覗き込んでいた。
「あ……」
「大丈夫か? かなりうなされてた」
次元は枕元に腰かけた。
「次元っ……!」
綾は半身を起こして次元の膝に突っ伏した。
「あんなに怒ったパパ、初めて見たの! ママは撃たれて……! あんな……」
「そりゃ夢だ」
次元は綾を抱き起こした。
彼女の頬に、涙の跡が筋になって残っている。
「色んな事がいっぺんに起きて、混乱したんだろう。大丈夫、単なる夢だ」
綾は涙目で次元を見上げた。
その顔に、幼い綾の顔が見え隠れする。
「ったく……」
次元は帽子を目深にかぶり直し、片腕を伸ばして綾を抱き寄せた。
こんなのはガラじゃないと百も承知だったが、ある出来事を思い出したからだ。
そう、あれは初めて彼女の前で銃を抜いた時だ……

『次元、あまり綾の目の前で銃を構えないで頂戴。怖がってるわ』
ミコが言った。
足元にいた綾を見下ろすと、不安そうに、涙目でマグナムを見ていた。
『泣くな、大丈夫だ。ママの所へ行け』
努めて優しい声で言ったが、綾は動かない。
『黙って抱きしめてあげて』
なにっ⁉︎
ミコの言葉にギョッとして振り返ると、彼女はにっこりと微笑んだ。
『子供って、抱きしめてあげると安心するのよ』
ミコはこの状況を楽しんでやがる。
仕方なく綾の目線まで屈み、片腕で彼女を抱き寄せた。
小さな体がビクビクしている。
『綾、怖がらなくていい。こいつはS&W M19。パパとママ、それにお前を守ってくれる』

いや、ちょっと待て。
次元は現実に立ち返った。
再会した時、綾はあの路地裏で何と言った?

『こんな間近で本物のコンバットマグナムを見たのは初めて』

次元はチラリと綾を見下ろした。
安心したのか、彼女は次元の胸に凭れて静かな寝息を立てている。
どうしたもんだか。
彼女をそっとベッドに下ろし、次元はため息をついた。
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