第14話

「んもぅ、出ないじゃない!」
不二子は携帯を一睨みして通話を切った。
腕を組みながらため息をつく。
「次元が連絡してあげないから拗ねてんのよ、彼女」
次元は顔を上げた。
「何のために連絡を絶ってるか、分かってて言ってんのか」
「その努力の甲斐もなく出てっちゃったんでしょ。お説教ぐらい……」
「よけいな事をするな」
次元からクギを刺されると、不二子は不満そうに唇を尖らせた。
「不二子ちゃんの心配もわかるけどもよ」
胡坐をかいた膝の上で何やら手作業をしながらルパンが口をはさんだ。
彼はこの前からずっと、1人で何かを作り続けている。
「きっと余計な事をしないように、ヘトヘトになるまで店のママにこき使われてんだろうよ。綾ちゃんを守るのと、お仕置きも兼ねて」
あのナオミならやりそうだと次元も思った。
それならそれで、ありがたい。
自分たちと一緒でない分目立たないが、綾が気をまわして動けば、確実に危険は増える。
あれだけ注意するよう言ったのになぜあんな軽率な行動をとったのか、次元は綾の肩を揺すぶって詰問したかった。
ポケットの中で携帯を握りしめる。
無事だったんだから良いじゃないかとルパンは笑ったが、次元はとてもそんな心境にはなれそうもなかった。
「それよりルパン、お主この前から何を作ってるんだ?」
五エ門が訊ねた。
ルパンは得意そうにニンマリすると、手の中の物を掲げてみせる。
「何って、起爆装置でーっす! そして」
ルパンは自分のわきに置いてあった紙袋を指さした。
先日次元が調達してきた物だ。
「ここにありますのは、原料にしますと殺鼠剤に塩酸タンクのコーティング材、モーターオイル少々に化粧品の香料、それにガソリン! その名もプラスチック爆弾でーっす!」
「『ルパンに頼まれた』って言ったら、メルヴィルのオッサン、すげぇフッカケやがったぞ。俺の銀行口座がひとつ空になった」
次元が不満そうに言うと、ルパンはケラケラ笑った。
「あぁ、そりゃ俺が今まで金払ってねぇからだわ」
「なにィ? 俺はおめぇのツケを全部払わされたのかよ!」
次元の目に殺気を感じたルパンは慌てて言い訳をはじめた。
「いやなに、オヤジから買うときはいつも崖っぷちだったのよ、オレ。もう生きて帰れねぇかもなって思って、死んじまうなら払わなくていいかなーなんて……」
「おめーは絶対死なねぇよ! 俺の金返せ!」
次元は思わず手にしていた携帯を投げつけてしまった。
ルパンは慌てる素振りもなく携帯をキャッチする。
「危ねぇなぁ。当たりどころ悪くてバカになったらどーすんだ」
「それ以上バカになんかなるか!」
次元が怒鳴ったが、ルパンはそれを無視した。
携帯を見ると意地悪そうに笑って、親指と人さし指で携帯をつまんでブラブラと揺らしてみせる。
「良いのかなぁ次元、そんな事言っちゃって。お電話、鳴ってますよ?」
サイレントモードに設定しているため、着信音が鳴らなかったのだ。
次元は慌ててルパンから携帯をひったくると、通話ボタンを押した。
「綾?」
『……彼女じゃなくて悪いけどね』
返ってきたのは、ナオミの不機嫌そうな声だった。
「あんたか。すまねぇな、綾が迷惑かけちまって」
『たいした事じゃないわ。だけど、彼女を引き取るならもう少し、前もって言って欲しかったわね』
ナオミはため息交じりに言った。
『忙しい時間だったからちゃんとお別れできなかったって、うちの子たちがすごく残念がって……』
「おい、ちょっと待て」
次元はナオミの言葉をさえぎった。
その慌てた口調にルパンたちも顔を上げる。
「誰が彼女を?」
『女よ。不二子って名乗ったわ。あんたのお仲間なんでしょ?』
次元がキッと睨みつけると、不二子は身構えた。
「な、何よ」
「お前、綾に会いに行ったのか」
「えっ?」
「ナオミがそう言っている」
「私じゃないわ!」
不二子は違う違うと両手を振った。
次元は背筋が冷たくなるのを感じた。
電話口でまだナオミが何か喋っていたが無視して通話を切り、綾の携帯番号にかけた。
『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか電源が入っていないため……』
抑揚のない音声メッセージが不安をあおる。
次元は携帯をしまうと、足早にドアへと向かった。
「どこ行くんだよ、次元!」
ルパンが声をかけた。
「綾が浚われた。取り返しに行ってくる」
また一歩踏み出そうとする次元を、ルパンが引き留める。
「落ち着けって。何があったんだ?」
「不二子と名乗る女が綾を連れ出したらしい。ナオミが話した特徴も不二子と一致する」
「私じゃないって言ってるじゃない! この前からずーっと一緒なんだから、わかるでしょ!」
「四六時中一緒にいるわけじゃない」
「なんですって!」
不二子が眉を吊り上げた。
ルパンがまぁまぁと不二子をなだめる。
「綾ちゃんが騙されるくらいだ、変装が上手くてよく似てるんだよ」
「あるいは本人か、だ」
次元が吐き捨て、不二子は怒り心頭で彼に詰め寄った。
「いいかげんにしなさいよ、本気で怒るわよ!」
「まぁまぁ、抑えて不二子ちゃん。次元もそのくらいにしろよ」
ルパンは2人の間に割って入った。
2人はフンッとお互いそっぽを向く。
「子供かっつーの」
ルパンは2人をしばらく放っておく事にして黙り込んだ。
気まずい沈黙の中、秒針のチクチクという音が耳に刺さり不安と焦燥感をかきたてる。
「いいわ」
やがて不二子が口を開いた。
「私が彼女を助けにいく」
「……どういうつもりだ」
次元が訊ねた。
「次元が誤解してるからよ。それに、敵が私に似ているなら向こうも間違えるかもしれない」
「それは名案」
ルパンがパチンと指を鳴らした。
「そんじゃ綾ちゃん救出は不二子に任して、俺たちはコレ! 仕掛けにいきますか」
『コレ』とは例のプラスチック爆弾である。
「しかしルパン。綾がどこに捕らわれているか、お主わかっているのか?」
五エ門が訊ねた。
「あぁ」
ルパンは床にヴァルナ研究所の敷地内の見取り図を広げた。
他の3人も囲むようにして地図を覗き込む。
研究所があった頃の古いもので、研究棟や職員の住居が記されている。
ルパンはその上に、もう1枚薄手の紙をのせた。
それには現在設置されているプレハブやテントが、ルパンの手で記されている。
「ここさ」
ルパンが指さしたのは、研究棟とプレハブが完全に重なった場所。
「みんなでここに潜入するぜ!」
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