第13話

ヴァルナへ行くと、規制線の前ですぐに止められた。
純夏の上司、ラス・エーバリーが飛んでくる。
「何しに来た!」
ラスは険しい顔で純夏を見た。
「お前のせいで署が吹き飛んだんだぞ! 反省して、おとなしくしていたらどうなんだ!」
銭形はチラリと横に立っている純夏を見る。
彼女はまつ毛を伏せ、拳を握っている。
「おいあんた。彼女のせいじゃないだろう……!」
つっかかろうとした銭形を、彼女は手で制した。
規制線の黄色いテープをまたぎ、ラスに歩み寄る。
「私に非があるとおっしゃるならその責は負います。でも、今はこの事件を解決したいんです」
顔を上げ、熱のこもった瞳でラスを見つめる純夏。
ラスは彼女が反論したことに驚いて言葉が出てこない。
「ボス。ジョン・コリンズが殺害されたのには、ヴァルナの水エネルギーシステムが絡んでいます。彼はエネルギーシステムの兵器利用を企む政府の計画を知ってしまったんです」
純夏はこれまでの経緯をラスに説明しはじめた。
銭形は純夏の背後で、ラスの顔つきが変わっていくのを黙って眺めていた。
はじめこそ落ち着かない様子で視線を泳がせていたラスだったが、次第に苦虫を噛み潰したような渋い表情になっていく。
そしてとうとう耐えきれなくなったのか、純夏の言葉を遮った。
「それがどうした」
純夏は瞠目してラスを見つめた。
ラスはいまいましそうに舌打ちをすると、ゆっくり口を開く。
「分かってるさ、政府が関与している事は。だがそれを叫んだところで、どうにもならん。政府が黙っているわけがないだろう。俺たちは所詮、下っ端役人に過ぎない。政府に逆らっては生きていけないんだよ」
「でも、ボス……」
反論しようとする純夏にラスはため息をついた。
「日本人はバカが付くほど真面目だと聞いていたから、今まで君を事件にかかわらせるのを極力避けてきたんだ。どんな事件も賄賂だのもみ消しだの、何かしらきな臭い部分があるからな。君はそういうのに我慢できないんだろう?」
ラスはポケットに両手を突っ込み、物事には本音と建前があるんだと自嘲気味に笑った。
公明正大なのも結構だが、それではこの国では生きていけない。
生きていたければ君も余計なマネはしない事だと言われ、純夏はがっかりして肩を落とした。
こんな人が上司かと思うと、自分の憧れた警察とは何だったのかとむなしくなる。
ガツッ!
ふいに視界の隅を銭形のトレンチコートの裾が翻ったかと思うと、鈍い音がした。
我に返ると、ラスは地面に倒れて呻いていた。
純夏の真横にはいつの間にか銭形の姿があり、憤怒の表情で拳を握りしめている。
怒りにまかせてラスを殴り飛ばしたのだ。
「それでも刑事か、情けない! お前みたいなのを見てると反吐が出る!」
ラスは殴られた頬に手を当て、信じられない様子で銭形を見上げた。
それから勢いよく立ち上がり、眉を吊り上げ大声でわめいた。
「何をするんだ! 公務執行妨害で逮捕するぞ!」
「何だと!」
ラスに掴みかかろうとする銭形を、純夏は慌てて止めた。
「警部、落ち着いてください。ひとまずここは引き下がりましょう」
純夏に腕をとられ、銭形は彼女を見下ろした。
彼女を見つめしばらく葛藤していた銭形だったが、やがて大きくため息をついて拳を下ろした。
「行くぞ」
銭形は背を向けて歩き出す。
純夏はラスに小さく頭を下げると、小走りで後を追った。
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