第13話

銭形が病室を訪れると、純夏は着替えを済ませてベッドから立ち上がるところだった。
片頬をガーゼが覆い、右腕は三角巾で吊っている。
華奢な分だけ、余計に痛々しく見えた。
「何やっとるんだ」
銭形はバランスを崩して倒れそうになる純夏を抱きとめて、ベッドに押し戻した。
「無理しちゃいかん」
「すみません。ご迷惑をおかけしました」
まつ毛を伏せる純夏に、銭形はしまったと思う。
そして慌てて足りなかった言葉を付け足した。
「いや、無理して復帰が遅れるとワシが困るんだ」
それを聞くと、純夏は嬉しそうに笑った。
吊っていない左手で、ヒビの入った肋骨の辺りをさする。
「毎日牛乳飲んでますから、大丈夫ですよ」
「大丈夫ってなぁ……」
銭形は呆れ顔になる。
純夏は更に左手を握り、ガッツポーズをとった。
「それに私、両利きなので右手が使えなくても支障ありません」
「お前さん、見た目と違って意外と根性あるんだなぁ……」
銭形は半ば呆れ、半ば感心した様子で呟いた。
純夏は銭形にベッドサイドのパイプ椅子をすすめた。
「ルパンは見つかりましたか?」
「いや……だがヴァルナの一連の事件を追っていれば必ず奴にたどり着けるだろう」
銭形はポケットから缶コーヒーを取り出した。
「次は牛乳にするよ」
そう言いながらプルタブを開けて純夏に手渡す。
純夏はベッドに腰かけ、嬉しそうに口をつけた。
リンゴだったりジュースだったりクラッカーだったり、とにかく病室に来るたびに銭形は何かしらをポケットから出して純夏にくれた。
見舞いのつもりなのだろう。
花束をもらうよりずっと気が楽だったし、何より銭形らしいと純夏は思っていた。
「朝比奈綾に事情聴取をしたらどうです? 居所も分かっていますし」
「そうだな」
銭形は『キャット・クラブ』に電話をかけたが、話はすぐに終わった。
「峰不二子と名乗る女が彼女を迎えに来たそうだ」
「名乗る女って……本人じゃないんですか?」
「わからん。いずれにせよ朝比奈綾は行方不明だそうだ」
「……あのカルロスって男の仕業ですか」
「だろうな」
銭形は軽くうなずいた。
「彼女が捕まったとなれば、ルパンたちはきっと助けにくるだろう。わしらは彼女が捕まっている場所を特定してルパンを待ち受けることにする」
「はい。でも、どうやって場所を特定するんですか?」
そう訊ねる純夏の手から、銭形は空になったコーヒーの缶をとりあげた。
目線の先にあったゴミ箱にそっと投げ入れる。
「水エネルギーシステムを完成させるために彼女を浚ったのなら、システムのある場所に連れて行ったと考えるのが普通じゃないか?」
「そうですね」
相槌をうった純夏だったが、ふいに重大な事を思い出してサイドテーブルの上のラップトップを開いた。
「警部に見てもらいたいものがあるんです」
純夏はパソコンの位置をずらし、画面を銭形にも見えるようにした。
銭形はベッドに歩み寄り、画面を覗き込んだ。
沢山の研究棟と職員の居住地が記されている。
「これは……昔のヴァルナ研究所の見取り図だな?」
純夏は銭形の言葉にうなずくと、見取り図の一か所だけをクローズアップさせた。
「ここが朝比奈美湖の働いていた研究棟。つまり、水エネルギーシステムを研究していた施設です」
「前に資料で見たぞ。これが何か……?」
「ここに、現在の見取り図を重ねます」
純夏は左手一本で器用にパソコンを操作した。
すると画面上の見取り図の上にもう一枚の見取り図が重なった。
「見てください、警部」
画面ではトレーシングペーパーを重ねたように下の見取り図が透けて見えている。
昔の見取り図の研究棟の真上に、現在の見取り図の四角い赤枠が重なっていた。
「赤い枠は現在立っているプレハブです。おかしいと思いませんか?」
純夏はパソコンを閉じて銭形をふり仰いだ。
「プレハブは確か、事故調査の為に建てられたんだったな。だから、爆発のあった建物の真上にあるのはおかしい」
「そうです、おかしいんですよ!」
純夏は嬉しそうに答えた。
怪我人とは思えぬ素早さで立ち上がり、左手で銭形の腕を引く。
「行きましょう、警部!」
勢いに押され、銭形は純夏とともに病院を抜け出した。
戻ってきたら看護師長になんて言い訳しようかと、ぼんやり考えながら。
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