第12話
中は思ったよりも狭く、小さな事務机とファイル棚が置いてあるだけだった。
書類らしきものは何も見当たらず、卓上カレンダーは数年前のもの。
使われていないのが明白だ。
カルロスが机の引き出しに手を突っ込むと、カチリと何かのスイッチ音がした。
続いて低い機械音がしたかと思うと、ファイル棚が移動して壁に鉄製の扉が現れる。
綾は驚愕の表情でそれを見つめた。
外観よりも部屋が小さい気がしたのは、この隠し部屋のせいだったようだ。
扉の向こうは地下へと降りるエレベータだった。
カルロスは綾を引っ張ってエレベータに乗り込んだ。
特有の浮遊感に、エレベータが高速で地下へと潜ってゆくのが感じられる。
「ヴァルナ研究所の設立当初から、この地下室はあった」
おもむろにカルロスが口を開いた。
綾はじっと黙って聞いている。
「政府が秘密裏に作った。ヴァルナの職員さえ知らんだろう」
エレベータ音が不穏なBGMのように低く唸っている。
「兵器開発が目的だ」
綾は息をのんだ。
パパの言葉が思い出される。
『政府が水エネルギーシステムを兵器利用する目的で資金援助をしている』
パパはそう言っていたが、まさか研究所の真下に、兵器開発用の研究室があるなんて思いもしなかった。
「エネルギーシステムは未完成だったはずです」
綾の震える声を聴いて、カルロスは口の端に笑みを浮かべた。
「まぁ、ある意味はな」
エレベータの扉が開くと、カルロスは綾の腕を掴んで入り組んだ廊下を進み、大きな両開きのドアをくぐった。
リノウムの床を、青白い照明が寒々しく照らしている。
中央には大きな円柱形の水槽とマイク。
その横には、大きな大砲のようなものが銃口を宙に向けている。
大砲よりは筒の部分が細く長く、銃口の部分はストローをつぶしたように平たくなっている。
台座の部分にはコンソールパネルが並び、赤と緑のランプが明滅を繰り返している。
「エネルギーシステムの開発はすでに最終段階だった。ヘリオスが研究所を爆破したのは、ムダだったんだよ」
「あぁ、そんな……」
綾は身を震わせた。
ママの死もパパの願いも、すべて無駄だったということ……?
ショックで青ざめている綾に加虐心を煽られたのか、カルロスは言葉を続けた。
「あのじいさんにしても、告発しようなんざ考えなきゃ、もう少し余生を楽しめたのによ」
ジョン・コリンズの事だろうと、綾はすぐに思いあたった。
「こ、殺したの……?」
分かってはいたが、決定的な事実にしたくて恐る恐る尋ねる。
「俺の意思じゃないぜ。エネルギーシステムの事を知られたくない政府が殺せって言うんだから、仕方ない。俺はそういう仕事を引き受ける為に、政府に雇われてるんだからな」
「でも、エネルギーシステムは未完成だって……」
「未完成と言ったのは、エネルギーを生み出すキーが分からなかったからだ」
カルロスはマイクの前に綾を突き出した。
髪を掴んで上向かせ、マイクの位置を調整する。
「このマイクが全ての音を拾って、コンピューターが録音している」
ギラギラした瞳が綾の顔を覗き込んだ。
「水を共鳴させる周波数を言え」
綾は視線を逸らした。
「し、知りません」
「ならヘリオスの社長はなぜお前を浚った。自白させるためだろう? お前は知っているんだ。警察の調書にもちゃんと書かれていた、薬で深層意識から記憶をとりだそうとしたと」
ドアが開いて白衣の男が注射器を手に現れると、綾は顔をひきつらせた。
いやいやをするように体を揺すって逃れようとするが、カルロスの手がきつく腕を掴んでいてビクともしない。
「我が国で開発したばかりの新薬だ。あんたが投与第1号だよ」
白衣の男が説明した。
「打たれる前に喋っちまった方が身のためだぞ」
「いや……いや!」
アルコール消毒の冷たい感触の後に、チクリと小さな痛みが走る。
「あぁっ……」
綾は目を見開いたかと思うと、すぐに気を失った。
「気絶したぞ。大丈夫なんだろうな?」
カルロスは白衣の男を振り返った。
「大丈夫です、打ったのはプラセボですから。気絶したのは、恐怖のあまり脳が防衛策をとったんでしょう」
「何のために偽薬を?」
「恐怖で自白する可能性を試しました。新薬をいきなり使用して、うっかり殺してしまっては元も子もないですから」
「面倒だな……後は任せた」
カルロスは鼻を鳴らし、大股で研究室を出て行った。
書類らしきものは何も見当たらず、卓上カレンダーは数年前のもの。
使われていないのが明白だ。
カルロスが机の引き出しに手を突っ込むと、カチリと何かのスイッチ音がした。
続いて低い機械音がしたかと思うと、ファイル棚が移動して壁に鉄製の扉が現れる。
綾は驚愕の表情でそれを見つめた。
外観よりも部屋が小さい気がしたのは、この隠し部屋のせいだったようだ。
扉の向こうは地下へと降りるエレベータだった。
カルロスは綾を引っ張ってエレベータに乗り込んだ。
特有の浮遊感に、エレベータが高速で地下へと潜ってゆくのが感じられる。
「ヴァルナ研究所の設立当初から、この地下室はあった」
おもむろにカルロスが口を開いた。
綾はじっと黙って聞いている。
「政府が秘密裏に作った。ヴァルナの職員さえ知らんだろう」
エレベータ音が不穏なBGMのように低く唸っている。
「兵器開発が目的だ」
綾は息をのんだ。
パパの言葉が思い出される。
『政府が水エネルギーシステムを兵器利用する目的で資金援助をしている』
パパはそう言っていたが、まさか研究所の真下に、兵器開発用の研究室があるなんて思いもしなかった。
「エネルギーシステムは未完成だったはずです」
綾の震える声を聴いて、カルロスは口の端に笑みを浮かべた。
「まぁ、ある意味はな」
エレベータの扉が開くと、カルロスは綾の腕を掴んで入り組んだ廊下を進み、大きな両開きのドアをくぐった。
リノウムの床を、青白い照明が寒々しく照らしている。
中央には大きな円柱形の水槽とマイク。
その横には、大きな大砲のようなものが銃口を宙に向けている。
大砲よりは筒の部分が細く長く、銃口の部分はストローをつぶしたように平たくなっている。
台座の部分にはコンソールパネルが並び、赤と緑のランプが明滅を繰り返している。
「エネルギーシステムの開発はすでに最終段階だった。ヘリオスが研究所を爆破したのは、ムダだったんだよ」
「あぁ、そんな……」
綾は身を震わせた。
ママの死もパパの願いも、すべて無駄だったということ……?
ショックで青ざめている綾に加虐心を煽られたのか、カルロスは言葉を続けた。
「あのじいさんにしても、告発しようなんざ考えなきゃ、もう少し余生を楽しめたのによ」
ジョン・コリンズの事だろうと、綾はすぐに思いあたった。
「こ、殺したの……?」
分かってはいたが、決定的な事実にしたくて恐る恐る尋ねる。
「俺の意思じゃないぜ。エネルギーシステムの事を知られたくない政府が殺せって言うんだから、仕方ない。俺はそういう仕事を引き受ける為に、政府に雇われてるんだからな」
「でも、エネルギーシステムは未完成だって……」
「未完成と言ったのは、エネルギーを生み出すキーが分からなかったからだ」
カルロスはマイクの前に綾を突き出した。
髪を掴んで上向かせ、マイクの位置を調整する。
「このマイクが全ての音を拾って、コンピューターが録音している」
ギラギラした瞳が綾の顔を覗き込んだ。
「水を共鳴させる周波数を言え」
綾は視線を逸らした。
「し、知りません」
「ならヘリオスの社長はなぜお前を浚った。自白させるためだろう? お前は知っているんだ。警察の調書にもちゃんと書かれていた、薬で深層意識から記憶をとりだそうとしたと」
ドアが開いて白衣の男が注射器を手に現れると、綾は顔をひきつらせた。
いやいやをするように体を揺すって逃れようとするが、カルロスの手がきつく腕を掴んでいてビクともしない。
「我が国で開発したばかりの新薬だ。あんたが投与第1号だよ」
白衣の男が説明した。
「打たれる前に喋っちまった方が身のためだぞ」
「いや……いや!」
アルコール消毒の冷たい感触の後に、チクリと小さな痛みが走る。
「あぁっ……」
綾は目を見開いたかと思うと、すぐに気を失った。
「気絶したぞ。大丈夫なんだろうな?」
カルロスは白衣の男を振り返った。
「大丈夫です、打ったのはプラセボですから。気絶したのは、恐怖のあまり脳が防衛策をとったんでしょう」
「何のために偽薬を?」
「恐怖で自白する可能性を試しました。新薬をいきなり使用して、うっかり殺してしまっては元も子もないですから」
「面倒だな……後は任せた」
カルロスは鼻を鳴らし、大股で研究室を出て行った。