第12話

「リョーちゃん!」
『キャット・クラブ』のドアを開けた綾を見て、ママのナオミが悲鳴に近い声をあげた。
それを聞きつけ、ホステスたちも一斉に綾のもとに詰めかける。
綾はブラウスもタイトスカートもボロボロで、薄汚れていた。
足には傷があり、血がにじんでいる。
「た、ただいま……」
ホステスたちに支えられ、かすれた声でそう呟くと、綾は意識を失った。

目を覚ますと、ひどい気分だった。
頭は痛むし、ベッドが回転しているようなめまいがしていた。
「気分はどう?」
ベッド脇にナオミが立っていた。
黒い服を着て、表情もなく見下ろしているナオミは、なんとなく葬儀屋を思わせた。
「私が死んだら、また来て」
それだけ言うと、綾はまた目を閉じた。

次に目を覚ますと、気分はすっかり良くなっていた。
綾はシャワーを浴びてから店の方へ顔を出した。
外はもうすっかり明るくなっており、ホステスたちは開店準備までの時間をのんびりと過ごしていた。
「もう良いの?」
帳簿をつけていたナオミが顔を上げ、隣に座るよう綾を促した。
綾の頬に手をやり、ジロジロと観察する。
「良さそうだね。マリー、この子に何か食事を出してやって」
マリーが厨房へ消えるのを見送ってから、ナオミは訊ねた。
「警察署から逃げてきたのかい?」
「警部が逃がしてくれたの」
「そう……ものすごい騒ぎだったわよ」
ナオミはテレビを付けた。
警察署はコンクリートの残骸を残して崩れ落ちており、煙が上がっていた。
消防隊が必死で消火活動を行っている。
「こんなこと……」
リポーターが死傷者数が告げると、綾は体を震わせた。
「警部たち、大丈夫かな……」
誰も答えられない。
ホステスたちは言葉もなく、店内は静まり返る。
綾はスマホを取り出した。
連絡はない。
「次元……連絡くらいちょうだいよ……」
画面が涙でにじむ。
「待つしかないわ」
ナオミが言った。
「あなたに今できることは何もない。泣きながら待つか、笑顔で待つか、それはあなた次第よ」
「ナオミさん……」
「いいわ。考え事なんかできないくらいビシビシ働いてもらうから。カクゴしてよ」
ナオミがにっこり笑った。
「悪魔のほほえみ……」
うっかり呟いたデボラは、笑顔のナオミに肘鉄を食らった。
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