第12話
『キャット・クラブ』のホステスたちは、その日のうちにママであるナオミが身柄引き受け人となって警察署を出た。
大柄で口やかましいホステスたちも、ナオミの前では叱られた子供みたいに小さくなっているのを、純夏は面白そうに眺めていた。
ナオミは綾も従業員として引き取りを要求したが、事件の重要参考人だからと許可をもらえず、最後には怒って出て行ってしまった。
「何であんな連中と一緒なんだ?」
静かになった取調室で、デスクを挟んで綾と向かい合った銭形は訊ねた。
「ルパンと一緒じゃなかったのか? ルパンはどこだ」
「知りません」
綾は答えて、銭形を見上げた。
この人がルパンの言う『とっつぁん』なのだと、綾はじっと観察する。
間近で見るのは初めてだった。
自分が見られている事に気づいた銭形は落ち着かない様子で、ガラにもなく顔を赤くした。
「何だ。何を見てるんだ」
「いえ、別に」
綾は少し肩をすくめた。
「早くお店に帰りたいんだけど」
「そうはいかん。政府はお前さんがあの殺人事件の犯人だと言っている」
「バッカみたい。信じたの?」
「いいや。だが、あいつらがあんなことを言い出すってことは、そうまでしてあんたを引き留めておきたいってことだろう?」
「それは……」
綾は言葉に詰まった。
さすが、ルパンをして「第六勘は予知能力並み」と言わしめた男である。
侮れない。
「政府があんたを欲しがるのは……」
銭形はジロリと綾をにらんだ。
「ずばり、ルパンを誘い出すためだ。ルパンは水エネルギーシステムに必要不可欠な何かを握っていて、政府はそれを欲しがっているんだ。違うか?」
惜しい、と綾は思ったが、口にはしなかった。
「とにかく、私は殺人とは関係ない。もう帰して」
「いや、しかしだな……」
「警部は殺人事件を解決したいの? ルパンを逮捕したいの? どっち?」
「そりゃもちろん、ルパンだ」
銭形は考える事なく即答する。
「だったら、私を解放して。このままだったたらあなたたちはあいつらに殺されて、ルパンの逮捕なんかできない」
「わしを脅すのか」
「脅しじゃなくて、忠告よ」
綾は必死になって言葉を続けた。
「あいつらは容赦しない。ここを爆破して私を浚うくらい、ワケないんだから。被害を出したくなかったら、私を帰らせて」
「そんな事できません」
純夏が口をはさんだ。
書きかけの調書を放り出して、立ち上がる。
「そこまでして政府があなたを欲しがる理由。そこをちゃんと説明してくれなきゃ、こちらとしても帰すわけにはいきません」
綾はじっと純夏を見つめていたが、やがてフッと息をはいて、
「そうね」
と呟いた。
「私はあまり知らないけど、これだけは言える。ママはエネルギーシステムが完成するのを喜ばない」
「どういうこと?」
「私、水エネルギーシステムを完成させたくないの」
綾は銭形と純夏の顔を交互に見た。
「警部の言うとおり、政府はエネルギーシステムを欲しがってる。私たちは阻止したい。だから対立してる。私は開発者の娘だけど、システムについては何も知らない。でも、私のママもパパも、完成させまいとして死んだの。完成させてはいけないのよ」
綾は『キャット・クラブ』で客から聞いた話をした。
「ヴァルナの跡地に何があるか、おおよそ検討はつくでしょ。コリンズさんはそれを目撃してしまって……」
「消されたってわけか」
銭形は腕組みをしてうーんと唸った。
「私は本当にエネルギーシステムがあるのかどうか、確かめるためにヴァルナに行ったの。1人で行くつもりが、お姉さまたちがついてきちゃったけどね」
「お姉さま、ね…」
純夏は苦笑する。
「警部、どうします?」
「どうするも何も…」
銭形が口を開いた時、足元からズンと響く衝撃。
階下から聞こえる悲鳴。
綾の顔色が変わった。
「カルロスだわ……!」
「カルロス?」
「さっき私を捕まえようとしてた奴よ」
銭形は窓際へ駆け寄り、外を見た。
機関銃を抱えた迷彩服の男たちが次々と署内に入ってくるのが見えた。
「待ちきれずに迎えに来たらしい」
「綾さん、これを脱いで」
純夏が綾のドレスを引っ張った。
「私の服と交換します。警部、そのまま後ろを向いていてください」
純夏は自分のシャツとスカートを綾のドレスと交換した。
そして金髪のかつらを綾から取り上げ、自分の頭にのせる。
「これでいいわ。警部、準備できました」
振り返った銭形は瞠目して一瞬言葉を失ったが、すぐに立ち直って頷いた。
綾に歩み寄り、肩に手を置いて説明する。
「わしらがカルロスたちを引き付けるから、その隙に逃げるんだ。西棟の非常階段が良いだろう」
「これを使えば、ロックされている所も全て通れます」
純夏が首から下げていた自分の認証カードを綾に手渡した。
「ありがとうございます」
綾はそれを自分の首にかけてから、2人の顔を見上げた。
「カルロスは容赦ないわ。2人とも、どうか気を付けて」
階下で再び爆音が響いた。
さっきよりも近い。
「早く行って!」
純夏の声に背中を押され、綾は駆け出した。
大柄で口やかましいホステスたちも、ナオミの前では叱られた子供みたいに小さくなっているのを、純夏は面白そうに眺めていた。
ナオミは綾も従業員として引き取りを要求したが、事件の重要参考人だからと許可をもらえず、最後には怒って出て行ってしまった。
「何であんな連中と一緒なんだ?」
静かになった取調室で、デスクを挟んで綾と向かい合った銭形は訊ねた。
「ルパンと一緒じゃなかったのか? ルパンはどこだ」
「知りません」
綾は答えて、銭形を見上げた。
この人がルパンの言う『とっつぁん』なのだと、綾はじっと観察する。
間近で見るのは初めてだった。
自分が見られている事に気づいた銭形は落ち着かない様子で、ガラにもなく顔を赤くした。
「何だ。何を見てるんだ」
「いえ、別に」
綾は少し肩をすくめた。
「早くお店に帰りたいんだけど」
「そうはいかん。政府はお前さんがあの殺人事件の犯人だと言っている」
「バッカみたい。信じたの?」
「いいや。だが、あいつらがあんなことを言い出すってことは、そうまでしてあんたを引き留めておきたいってことだろう?」
「それは……」
綾は言葉に詰まった。
さすが、ルパンをして「第六勘は予知能力並み」と言わしめた男である。
侮れない。
「政府があんたを欲しがるのは……」
銭形はジロリと綾をにらんだ。
「ずばり、ルパンを誘い出すためだ。ルパンは水エネルギーシステムに必要不可欠な何かを握っていて、政府はそれを欲しがっているんだ。違うか?」
惜しい、と綾は思ったが、口にはしなかった。
「とにかく、私は殺人とは関係ない。もう帰して」
「いや、しかしだな……」
「警部は殺人事件を解決したいの? ルパンを逮捕したいの? どっち?」
「そりゃもちろん、ルパンだ」
銭形は考える事なく即答する。
「だったら、私を解放して。このままだったたらあなたたちはあいつらに殺されて、ルパンの逮捕なんかできない」
「わしを脅すのか」
「脅しじゃなくて、忠告よ」
綾は必死になって言葉を続けた。
「あいつらは容赦しない。ここを爆破して私を浚うくらい、ワケないんだから。被害を出したくなかったら、私を帰らせて」
「そんな事できません」
純夏が口をはさんだ。
書きかけの調書を放り出して、立ち上がる。
「そこまでして政府があなたを欲しがる理由。そこをちゃんと説明してくれなきゃ、こちらとしても帰すわけにはいきません」
綾はじっと純夏を見つめていたが、やがてフッと息をはいて、
「そうね」
と呟いた。
「私はあまり知らないけど、これだけは言える。ママはエネルギーシステムが完成するのを喜ばない」
「どういうこと?」
「私、水エネルギーシステムを完成させたくないの」
綾は銭形と純夏の顔を交互に見た。
「警部の言うとおり、政府はエネルギーシステムを欲しがってる。私たちは阻止したい。だから対立してる。私は開発者の娘だけど、システムについては何も知らない。でも、私のママもパパも、完成させまいとして死んだの。完成させてはいけないのよ」
綾は『キャット・クラブ』で客から聞いた話をした。
「ヴァルナの跡地に何があるか、おおよそ検討はつくでしょ。コリンズさんはそれを目撃してしまって……」
「消されたってわけか」
銭形は腕組みをしてうーんと唸った。
「私は本当にエネルギーシステムがあるのかどうか、確かめるためにヴァルナに行ったの。1人で行くつもりが、お姉さまたちがついてきちゃったけどね」
「お姉さま、ね…」
純夏は苦笑する。
「警部、どうします?」
「どうするも何も…」
銭形が口を開いた時、足元からズンと響く衝撃。
階下から聞こえる悲鳴。
綾の顔色が変わった。
「カルロスだわ……!」
「カルロス?」
「さっき私を捕まえようとしてた奴よ」
銭形は窓際へ駆け寄り、外を見た。
機関銃を抱えた迷彩服の男たちが次々と署内に入ってくるのが見えた。
「待ちきれずに迎えに来たらしい」
「綾さん、これを脱いで」
純夏が綾のドレスを引っ張った。
「私の服と交換します。警部、そのまま後ろを向いていてください」
純夏は自分のシャツとスカートを綾のドレスと交換した。
そして金髪のかつらを綾から取り上げ、自分の頭にのせる。
「これでいいわ。警部、準備できました」
振り返った銭形は瞠目して一瞬言葉を失ったが、すぐに立ち直って頷いた。
綾に歩み寄り、肩に手を置いて説明する。
「わしらがカルロスたちを引き付けるから、その隙に逃げるんだ。西棟の非常階段が良いだろう」
「これを使えば、ロックされている所も全て通れます」
純夏が首から下げていた自分の認証カードを綾に手渡した。
「ありがとうございます」
綾はそれを自分の首にかけてから、2人の顔を見上げた。
「カルロスは容赦ないわ。2人とも、どうか気を付けて」
階下で再び爆音が響いた。
さっきよりも近い。
「早く行って!」
純夏の声に背中を押され、綾は駆け出した。