第12話

ヒマだ……。
『キャット・クラブ』の控室で、綾はテーブルに突っ伏し、盛大にため息をついた。
「20回目よ」
「えっ?」
綾は顔を上げ、向かい側に座っているデボラを見た。
デボラだけでなく、控え室にいた他のホステスたちも綾を見て苦笑している。
「ため息の数、今ので20回目。そんなにため息ばっかりつかれたら、この部屋が二酸化炭素だらけになっちゃうわね」
「だって。ヒマなんだもんっ」
綾は頬を膨らませる。
ただ隠れていてもすることがないので、綾はお店の手伝いをさせてほしいとナオミに頼んだ。
もちろん裏方として、である。
始めのうちは皿洗いや掃除、ホステスたちに習ってドレスにスパンコールを縫い付けたりとなれない事ばかりで忙しく、それなりに気もまぎれていた。
しかし何週間か立つうちに仕事に慣れ、手際が良くなると、少しずつまた時間が余るようになってきた。
「何もすることがないと、余計な事ばっかり考えちゃって……」
綾は21回目のため息をつき、しょんぼりと言った。
怖かった。
ヘリコプターに襲われた時、自分が死ぬことよりも、次元を失うのではと思ったら震えが止まらなかった。
こうしている間にもカルロスが次元を傷つけるのではないかと思うと、落ち着かなくなる。
「泣きそうな顔してる」
ジャスミンが手を伸ばし、優しく綾の頬を撫でた。
「好きなのねぇ、あの人のこと」
「……うん」
綾は素直に認めた。
「連絡はないの? 電話とか」
綾は首を横に振った。
鳴ったらすぐに出られるよう、スマホはいつもポケットの中に入れていたが、次元からの連絡は1度もなかった。
「もう訊かないで。不安になるから」
綾が22回目のため息をつくと、デボラが良い事を思いついた、と笑った。
「変装してお店に出たらどう? 気が紛れるわよ」
「は……?」
「やだ姉さん、それ面白そう!」
ホステスたちは手を叩いて喜んだ。
各々自分のロッカーから化粧品を取り出して綾を取り囲む。
デボラは衣装棚からドレスを選んで綾に手渡した。
綾はホステスたちに言われるがまま、ブロンドのかつらをかぶりドレスに着替えた。
女が女装のオカマに変装するのである。
(ちょっと、ワケわかんなくなってきちゃった……)
それでも、店内で料理を運んだり灰皿を片づけたりしていると気が紛れた。
客とホステスのたわいもない会話を盗み聞いてひそかに笑みをこぼしたりもした。
「……ヴァルナで殺人があっただろ」
ふいにそんな言葉が耳に飛び込んできて、綾はギクリとした。
窓際の客だった。
小太りの中年男性がジャスミンを相手に話している。
「殺された男と俺、知り合いなんだ。ジョンとは家が近所でね」
「あらやだ、何か情報持ってるワケ? あたしのカレは警官だから、教えてあげればきっと喜ぶわ」
「ジョンの奴、殺される少し前に会った時、あそこで何か大きなものが搬入されるのを見たって言ってたんだよ」
「それホントですか?」
いつの間にかテーブルに詰め寄って、綾はそう訊ねていた。
男は真っ赤な顔で綾を見上げ、嬉しそうに笑った。
「おっ、ずいぶんかわいいコが入ったんだねぇ」
「大きな物って、何ですか?」
「それはわからねぇな。誰が何を運び入れて、何をしようとしているのか、調べてみるとジョンは言ってたぜ。ヴァルナといやぁ、爆発とか色々あっただろ? だから俺は止めとけって言ったんだよ」
綾の体に震えが走った。
ジョンという老人は、あそこで何かを見てしまって、口封じの為に殺されたのだ。
やっぱりヴァルナには何かがある。
確かめなければ。
「リョーちゃん」
ナオミがやってきて綾の腕をつかんだ。
お客に接触しない、テーブルを拭いたり料理を運ぶ雑用のみという約束で店に出るのを許可したのに、ホステスそっちのけで客と話し込んでいる綾に、ナオミは渋い顔をして言った。
「接客のジャマをしちゃダメよ」
「ナオミさん。私、行かなきゃ」
「行くって、どこへ? ……あ、ちょっと!」
綾はナオミが止めるのも聞かずに店を飛び出していく。
ナオミはあわてて声を張り上げた。
「みんな! リョーちゃんを追って!」
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