「綾ちゃん」
突然、ルームミラーに映るルパンの顔が真顔になった。
「しっかりつかまってて」
「な……」
なぜと言いかけたとたん車に衝撃が走り、車体が大きく揺らいだ。
「きゃ……！」
バランスを崩した綾の体を次元が腕を伸ばして引き戻した。
すぐ背後に車がはりついていた。
衝撃はこの車が追突してきたせいだった。
蛇行して様子を窺うと、どうやらその後ろにも何台かいるようだ。
ルパンはアクセルペダルを床まで踏み込んだ。
エンジンのうなりとともにタイヤが甲高いきしみ音をあげ、メーターの針が大きく振れた。
後続の車を引き離しにかかるが、追っ手は排気量に物を言わせてぴったりとついてくる。
そして、大通りに入ると左右に分かれ、フィアットと並走し始めた。
気づけば前後左右を囲まれている。
このスピードで無理にハンドルを切れば衝突し、下手をすればこちらの車が大破しかねない。
ルパンは仕方なくまわりの車に合わせて走る。
「何のつもりだ……？」
次元はベルトから銃を引き抜き、油断なく目を走らせる。
ルパンが舌打ちをした。
「こいつら、誘導してやがる……！」
フィアットはそのままハイウェイの入口へ。
無人の料金所のゲートをくぐり流入レーンまでくると、ルパンはハンドルを大きく切った。
右側についていた車にワザと車体を当てて隙間をつくり、そこからアクセルを踏み込んで囲みを抜けた。
「ルパン、逆走してる！」
綾が悲鳴を上げた。
「へーきへーき。この様子じゃ、どーせ政府が封鎖してる」
確かに、一般車両はまったく走ってこない。
フィアットはスピードを上げてハイウェイを逆走する。
ふいに鋭く耳をつく嫌な音がした。
「撃ってきやがった！」
次元の腕に頭をグイと押され、綾は素早くシートの間に身をかがめた。
後方からさっきの車が追いかけてきていた。
「しつこいねぇ、まったく……ん？」
ルパンはかすかに聞こえた音に注意を引かれた。
低いヘリローターの風切音が、だんだん近づいてくる。
高速道路の高架の向こう側から、ミサイルを装備した攻撃ヘリが姿を現した。
「わー、どーしよどーしよ。困った困ったコマドリ姉妹！」
「一般道へ降りろ！　ここじゃ視界を遮るもんがねぇ！」
「あいよっ！」
ルパンはブレーキペダルを蹴り飛ばすように踏み込んだ。
タイヤが悲鳴を上げる。
タイミングよくハンドルを切った。
「そこ出口じゃない……！」
綾の指摘は遅すぎた。
フィアットは道路を飛び出し、引力に素直に従って落下。
すぐ真下を走っていたバイパスに着地する。
そのまま一般道へ。
「追ってくるぞ！」
次元は窓から身を乗り出して上空へ威嚇射撃を一発。
ヘリコプターはひるむことなく、ゆっくりと迫ってくる。
「政府相手じゃ、ちと分が悪いよなぁ。こっちはミソっかすなんだからよ、ハンデくらいくれても良いんじゃない？」
上空からの斉射を左右にかわしながら、ルパンはぼやいた。
実に楽しそうに。
「10数えるまで待ってくれりゃあな」
次元もニヤリと笑う。
「なぁルパン、ヘリの死角に入ったら俺と綾を下ろしてくれ」
「えー。それって俺に囮になれって事？」
「そういう事だ」
次元は運転席の背もたれに手をかけ、ルパンの方へ身を乗り出した。
「頼めるか？」
ルパンは片手でハンドルを握ったまま、片手で懐から銃を引き抜いた。
「まかせろ」