第10話

3人は倉庫を出て、研究所の正面へと回り込んだ。
狭い物陰にルパンは屈み、その背後で残りの2人が折り重なるようにして研究所の方を覗き見る。
いくつかのプレハブとともに、大型のテントが設置されており、スーツ姿の男たちが何人も行き来しているのが見えた。
プレハブは爆発事故の後にヴァルナ社が事故調査の為に建てた古いものだが、テントは新しく、設置されたばかりのようだ。
「あの人達、本当は不二子さんじゃなくて私をさらうつもりだったんだ」
綾は顔色を失い、声を震わせた。
「どうしよう……水エネルギーシステムなんてもうないのに」
「落ち着いてよ綾ちゃん。あれ見て」
ルパンが正門に張られた黄色いテープと、そのそばに直立する制服の警官を指さした。
「あ、警察……」
「ニュースで見たけど、ここで殺人事件があってさ。その捜査をしてるんだ」
「じゃぁ、不二子さんとは関係ないの?」
「うーん、どうだろ」
「とっつぁんにでも変装して探ってきたらどうだ」
「そうすっか」
次元の提案にその気になったルパンを、綾が引きとめた。
「……それはやめた方が良いみたい」
研究所の正門にやってきた見慣れトレンチコートに、ルパンは目を丸くした。
「まさかのご本人登場かよ。一体何しに来たんだ?」
「さぁな」
どうでも良いだろうと言わんばかりの次元。
それなのに、ルパンは銭形が女性を伴っているのに気づくと更にどうでも良い事を口走った。
「わー、カワイ子ちゃん発見! あの子誰? 誰?」
「さぁな!」
「所轄の刑事さんかな?」
「さぁな!」
「おおかた、とっつぁんのお守りを押し付けられたんだろうなぁ。気の毒に」
そのまま見ていると、銭形達は押し入るようにして敷地内に入っていった。
「わー。いつもながらゴーインだね、あのヒト」
ルパンが妙な所に感心をしていると、不意にダダダとライフルの発砲音が響いた。
綾がビクッと体をこわばらせる。
銭形達の前にライフルを手にした迷彩服の男が立っていた。
『この件は政府が指揮する事になった。部外者は一切立ち入り禁止だ』
『帰れ。死にたくなければな』
迷彩服の男は圧倒的な威圧感で銭形達を追い返した。
綾は次元を振り返った。
肩に置かれた次元の手に力がこもったからだ。
「次元……?」
その声にルパンも振り返る。
次元は迷彩服の男を見つめたまま微動だにしない。
「知り合いか? 次元」
ルパンが訊ねた。
「ダメだルパン。あいつはヤバい」
綾は不安そうに次元の顔を見上げた。
掴まれた肩から彼の緊張が伝わってくる。
「カルロスはフリーの傭兵だ。主義も信念も道義心もなく、金さえ出せば相手が子供だろうが平気で殺す。ある意味プロフェッショナルと言えるだろう」
それだけに恐ろしい、と次元は思う。
もしも綾を捕らえてこいと金を積まれれば、奴は必ず彼女を浚う。
手段を選ばず、かろうじて生きているだけという最低限の状態にしてでも。
殺せと言われれば、眉一つ動かすことなく殺すに違いない。
次元の強張った顔を見たルパンは、膝の土を払い立ち上がった。
「とにかく、車に戻ろうぜ」
3人は無言で車に戻り、工場地帯を後にした。
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