第10話

幸い、倉庫には誰もいなかった。
昼夜を問わず断続的に騒音が続く工場地帯では、銃撃戦も気付かれなかったようだ。
ルパン達は綾に先導されて倉庫に入った。
「入口で、追ってきた男が発砲してきて……私、落ちてたバールを拾って投げつけてやったの」
「『バールのようなもの』はドロボーの必須アイテムだもんな」
「どこに感心してんだ」
「その隙にこっちに逃げて……ここら辺に隠れたの」
綾は段ボールの山を指さした。
「不二子さん、私にここから動くなって言って、1人で飛び出して行っちゃったの。こんな事になるなら私も出ていけばよかった……」
綾が力なく言い、肩を落として俯いた。
「いや、出なくて正解だよ綾ちゃん」
ルパンは慰めるように彼女の肩に手を置いた。
「君が逃げてきてくれなきゃ、何が起きたか分からなくなってた。不二子は自分も助かるために最善の策を選んだんだ」
「そう、かな……」
「あぁ、不二子は助かる道をちゃんと考えてた。だからきっと、ここに何かの手がかりを残してるはずだ」
3人は手分けして倉庫を調べ始めた。
ルパンは足元に落ちている薬莢の多さに心の中で舌打ちをした。
少し楽観視しすぎていたかもしれない。
「あっ!」
やがて綾が小さな声をあげた。
そこはわりと壁に近い場所で、今は壁の高い位置にある小さな窓から太陽光が差し込んでいる。
「何か落ちてたのを、気づかないで蹴飛ばしちゃったの……待ってて」
綾は床に這いつくばるようにして、鉄製の棚の下に手を伸ばしていた。
「何かって、何だ」
急かすように次元が訊ねた。
「ちょっと待って……あ、取れた」
綾は立ち上がって服の汚れをはたくと、手に握っていた物を2人に見せた。
銀色の小さな筒は、綾にはよく見慣れたものだ。
「これ、不二子さんの口紅だよ」
「口紅? そんなモンが何でこんな所に……」
ベビーピンクの口紅の先はキレイで、何かを書き残した訳ではなさそうだった。
とすれば、落ちていた場所自体に何かあるのか……。
ルパンは周囲を見回した。
棚に置かれていた木箱を持って壁際に行き、それを踏み台代わりにして窓から外を窺った。
「次元」
次元はルパンと入れ代わりに窓を覗いて、息をのんだ。
敷地を隔てるフェンスの向こうに広がっていたのは、焼け落ちたヴァルナ研究所の跡地だった。
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