第9話

銭形のデスクに付箋と資料の山を置き、純夏は軽く微笑んだ。
用意したクリアタイプのホワイトボードを、銭形警部が珍しそうに眺め回していた。
「裏から地図なんかを貼って表から書き込みしたり、色々便利なんですよ」
「水◯亜土が絵を描くやつかと思ったぞ」
「えっ? 誰です?」
純夏のキョトンとした表情に、銭形はジェネレーションギャップを感じた。
「気にしないでくれ」
銭形は付箋とペンを持ってクリアボードの前に立った。
純夏が資料を見ながら事件の概要を話し出す。
ヴァルナ研究所が爆発炎上し、研究員と、敷地内に住んでいた家族の大多数が死傷。
研究リーダーの朝比奈美湖も夫と幼い娘を残して死亡している。
事故と事件の両面から捜査は行われたが、研究の横取を恐れたヴァルナ側が情報提供を拒否したため、真相は突き止められなかった。
被害者への賠償で経営が立ち行かなくなったヴァルナは倒産した。
エネルギー供給安定の為、情報の開示を前提に政府が資金提供を申し出たが、ヴァルナはそれも拒否し、倒産の道を選んだのだった。
当時の職員への聞き込みによると、爆発事故は故意によるものという見方が大多数だった。
かなり前から何者かに資金提供を受けているという噂があったようだし、妨害工作だという見方もあった。
「その、ヴァルナが開発しようとしていたエネルギーシステムって、どんなもんなんだ?」
銭形に訊かれ、純夏は別の書類をめくった。
ヘリオス社の社長マイケル・カーソンの調書によると、ヴァルナは水からエネルギーを作り出す装置を開発しようとしていたらしい。
カーソンはそれを横取りしようと開発責任者である朝比奈美湖を脅迫したが、口を割らなかったため殺害。
研究所を爆破し、ヴァルナを倒産に追い込んだ。
その後カーソンは研究員の生き残りを自社で雇用し、水エネルギーシステムについて情報を集めようとしたがうまくいかなかった。
そこへ、峰不二子という女が現れた。
「峰不二子!」
銭形は思わず叫んだ。
「ご存知ですか」
「ルパンの一味だ。あの女が関わっているとは……」
ため息混じりに呟きながら、銭形は付箋に『峰不二子』と記入してクリアボードに貼り付けた。
ボードには銭形がキーワードを書きつけた付箋が所狭しと貼られ、マジックで関係性を示す線がひかれたり、円で囲まれたりしている。
純夏は再び調書に目を落とし、話を続けた。
不二子から情報を得たカーソンは、独自で水エネルギーシステムを開発した。そしてエネルギー発生のキーとなる周波数を朝比奈の娘から聞き出そうと誘拐したが、ルパン一味に阻止された。
「……とまぁ、こんな感じです」
調書をパタンと閉じ、純夏は顔を上げた。
真正面にルパンと書かれた付箋が貼られ、赤線が伸びている。
その先を辿ると、水エネルギーシステムと書かれた付箋につながっていた。
「ルパンの狙いはこの水エネルギーシステムだったんだ」
銭形は拳でノックでもするように、コツコツとクリアボードを叩いた。
「朝比奈美湖の娘ってのは、その後どうなった?」
「名前は朝比奈綾。それが、あれ以来行方がわからないんですよ。カーソンによれば、ルパン一味が助けたようですが……その後は連絡もつかず、生死も不明です」
純夏は椅子から立ち上がり、クリアボードの前に移動した。
朝比奈美湖(娘)と書かれた付箋を何気なく見上げる。
銭形がそこに朝比奈綾と書き足した。
「うん? アサヒナリョウ……?」
銭形はふと思い出して、ポケットから例の手紙を取り出した。
純夏の方へ手紙をさし出す。
「これをどう思う。わし宛に届いたんだが、さっぱり訳がわからなかった」
「失礼します」
スミカは手紙を受け取り、封筒を裏返して送り主を確かめた。
「ジョン・コリンズ⁉︎」
スミカは手紙を開いて目を通した。
「警部、お知り合いだったんですか」
「いいや。会った事もなけりゃ、この手紙がくるまで名前も聞いた事もなかった」
「でもここに書いてありますよ。あなたの手紙で朝比奈綾が元気にしてるのを知って安心したって…」
スミカは銭形を見上げた。
「警部でないなら、コリンズに手紙を書いたのは一体誰なんです……?」
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