第9話

銭形はルパン捜査の関係で、地元の警察署にデスクを置いていた。
「銭形警部、郵便です」
「わしに?」
「はい。警部にお渡しするようにと、インターポールから転送されてきました」
手紙を受け取った銭形は、差出人の名前を見て首をひねった。
「ジョン・コリンズ? 聞いた事のない名前だが……」
銭形は封を開けて手紙を読み始めたが、段々と複雑な表情になっていく。
手紙の内容もまた奇妙なものだった。
どうやらコリンズ氏はこちらをよく知っているようなのだが、生憎こちらには記憶がない。
『あの時、ヴァルナの爆発事件はヘリオス社の仕業だと話をしたが、間違いなかったようだ。ヘリオスの社長が逮捕されたのをニュースで見た。
その後、あんたの手紙でアサヒナリョウも元気で過ごしているとわかって安心した。
これでもう安全だと思ったのだが、それは間違いだったようだ。最近、何者かに狙われている。
このままでは私は殺されてしまう。助けてほしい』
そんな内容だった。
「ヘリオス……」
聞き覚えがある。
銭形はタレコミでルパンを逮捕しに行った事を思い出した。
乗り込んでみるとルパンの姿はすでになく、ヘリオス社の社長が椅子に縛り付けられて動けなくなっていた。
「おぉ、そうだ!」
銭形はデスクの引き出しを引っ掻き回し、目当ての紙切れを見つけて引っ張り出した。
ルパンのゴクローサンマークのついたその紙は、ヘリオス社の社長の額に貼り付けられていたものだ。
『ヴァルナエネルギー社の研究していた水エネルギーシステムを横取りしようと、ヴァルナの研究所を爆破、研究員を射殺し、研究員の娘を拉致監禁した容疑、ぜーんぶこいつが白状した。しっかり取り調べてやってくれ』 
この紙きれから、一連の事件にルパンが関わっている事は間違いない。
それなのに、銭形は事件の事をほとんど知らないのだった。
既にルパンは逃げた後だと知るや、その後の事は現地警察に任せたからだ。
銭形は椅子から立ち上がり、刑事課へ向かった。
必要なら何でも刑事課のボスに頼んで良いと、警察署長からお許しをもらっている。
「すまんが部下を1人貸してくれんか」
用件を言うと刑事課のボスは渋い顔をした。
「生憎、今は殺人事件の捜査で忙しくて。適当な人材が……」
「ラス。あの、私で良ければお手伝いしましょうか」
日本人らしき黒髪の女性が立ち上がった。
ラスという名前らしい刑事課のボスは、彼女を見るなり笑顔になった。
「そうか、そりゃ良い! ジャパニーズ同士、気も合うだろうしな!」
ラスは手招きして彼女を呼び寄せた。
「山中純夏です。よろしくお願いします」
彼女が頭を下げた。
ラスは彼女の背中をポンポンと叩くと、銭形の方へ押しやる。
「スミカは非常に有能ですから、安心してお任せ下さい。さぁ、みんな! 捜査会議を始めるぞ!」
ラスは他の刑事達と会議室へ移動してしまった。
取り残された純夏は寂しそうに仲間達の背中を見送っていたが、銭形の視線に気付くと慌てて笑顔を作った。
「さて警部。何から始めましょうか?」
ぎこちない笑顔だったが、銭形は何も気付かなかったフリをする事にした。
「そうだな。とりあえずあの、ペタペタ貼れるメモが欲しい」
「付箋ですね」
純夏は笑った。
「他には?」
「黒板がいる。それから、十数年前に起きたヴァルナ研究所の爆発事故と、ヘリオス社の社長逮捕について資料を揃えてくれ」
「ヴァルナ……?」
純夏は目を見開いて銭形を見上げた。
「警部も興味がおありなんですか? まさか、ルパン三世が今回の事件に関わってるとか……」
「『警部も』って……いや、ちょっと待て。『今回の事件』って何だ」
「ヴァルナの研究所跡地での殺人ですよ。その捜査でウチは今、テンテコ舞いなんです」
「そりゃ最近の事か?」
「ニュース見てないんですか? どこもそのニュースで持ちきりでしたけど。殺されたジョン・コリンズっていう老人は、ヴァルナの元職員だったそうですよ」
「なにっ?」
銭形はハッとして純夏を見た。
純夏は銭形の反応に驚き、動きを止めて銭形を見つめている。
お互いに驚いた顔をして、二人はしばらく見つめ合った。
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