第8話

不二子がハンドルを大きくきると、車はタイヤのスリップ音を響かせながら、スピードを保ったままカーブを曲がっていく。
チラリと助手席を窺うと、綾は泣きそうな顔をしていた。
察しの良い子だから、次元の電話とこの狙撃を関連づけ、自分が狙われているのだと理解したのだろう。
「心配しないで」
不二子は片手を伸ばして綾の頭を撫でた。
「アジトに帰る前にちょっと寄り道するだけ」
工場地帯に車を乗り捨て、破れたフェンスの隙間から廃工場の敷地内に入り込んだ。
「ここなら隠れるのにもってこいよ。ここで追っ手を振り切りましょ」
不二子は綾の手をひいて手近な建物へ駆け込んだ。
中は倉庫のようだった。
細い鉄線を巻き取った木製のリールや、一斗缶などが無造作に積まれている。
追っ手の靴音が響き、不二子はハッと振り返った。
男が銃を構えるのが見え、咄嗟に綾の腕を引いて背中にかばう。
銃弾が不二子の腕をかすめた。
「不二子さんっ……!」
綾は足もとに落ちていたバールを男に向かって投げつけた。
バールは男の顔に命中し、男は呻き声をあげて両手で顔を覆った。
そのすきに、綾は不二子と共に倉庫の奥へと走る。
ダンボールの山に小さな隙間を見つけて隠れた。
「痛そう……」
不二子の腕から血が流れているのを、綾は心配そうに見つめた。
ポケットからハンカチを出して止血する。
「ありがとう、大丈夫よ」
不二子は耳をすました。
靴音が複数になっている。
敵は人数を増やしたようだ。
「綾ちゃん、携帯持ってる?」
綾は首を振った。
「バッグごと車に置いてきちゃった」
不二子は綾の目を覗き込んで言った。
「物音がしなくなるまで、ここでじっとしてて。絶対動いちゃダメよ」
「でも……」
「シーッ!」
長い指を唇にあてがって、不二子は綾を黙らせた。
そして、今にも泣きそうな顔の綾に微笑んでみせる。
「そんな顔しないで。必ず迎えにくるから……いいわね?」
不二子は片手を伸ばして綾の頬を優しくひと撫ですると、パッと身を翻して出ていった。
綾は聞こえてくる音に全神経を集中した。
入り乱れる足音と銃声。
思わず目をぎゅっと瞑った。
そっと首をのばして不二子の様子を見てみようかと考える。
だが敵に見つかり、更に悪い事に万一捕まったりしたら、かえって不二子を窮地に追いやってしまう。
結局、綾は不二子が戻ってくるのを待つことしかできなかった。
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