第1話
「ルパ~ン、良い話があるんだけど……」
アジトにやってきた不二子は、次元のそばに座っている少女に目を丸くした。
「やだ、誰その子。次元の子?」
「バカ言うな」
次元は言い、綾に向き直った。
「綾、悪いんだが酒持ってきてくれないか。キッチンは向こうだ」
綾は何も言わずに立ち上がった。
席を外してほしいのだと察したのだろう。
「彼女は古い友人の娘だ」
次元が語り始めた。
「ヴァルナエネルギーって知ってるか?」
「ヴァルナ……研究所の爆発で潰れたあの会社か?」
ルパンの言葉に次元は軽く首肯する。
「彼女の両親はヴァルナの研究員で、研究所の敷地に家をあてがわれて住んでいた。俺は研究員やデータを守る為にヴァルナに雇われていたから、彼女の家族とは親しかった」
ある日ヴァルナエネルギー開発研究所は突然爆発を起こし、研究施設だけでなく敷地内の全ての建物が炎上。
会社自体も潰れた。
「事故とも事件とも言われていたけど……結局真相は分からなかったわね」
「彼女の母親……ミコはあの事件で死んだんだ。幼い綾の目の前でな」
事件、と言ったか。
ルパンはちらりと横目で次元を見た。
「父親は?」
「事件の後、研究から一切手をひいた。田舎に引っ込んでタクシー運転手になったと聞いているが……」
綾がウィスキーの瓶とグラスを持って戻ってきた。沢山ある酒瓶の中から、ちゃんと次元好みのバーボンを持ってきている。
「パパは半年前、私が友達と旅行に行ってる間に行方不明になったの。町から数十キロ離れた所で車は見つかったけど、パパは行方不明のままよ」
「立ち聞きか、綾。行儀が悪いんだな」
次元は酒瓶とグラスを受け取りながら言った。
不二子が振り向いて訊ねた。
「何の音沙汰もないの?」
「新聞の尋ね人欄に、パパの名前で私の消息を尋ねる広告が何度か載ったわ。でも返事はしなかった」
「なぜ?」
「パパは昔、もしもこんな風に連絡を取らなきゃいけなくなったら、秘密の名前を使うって言ってたの。まだママが死んで間もない頃よ。あの頃パパは常に、『何かあったら』って考えてたんだと思う」
「秘密の名前って……?」
「パパは二人きりの時、よく私の事を秘密の名前で呼んでたの。言ってみればあだ名ね」
「じゃあ、新聞で綾ちゃんを探してたのは、パパさんじゃないって事か……」
ルパンの言葉に頷いてから、綾は次元を振り返った。
「ねぇ次元。パパを探してなんて言わないわ。パパがまだ生きてるなんて希望を持つほど、私バカじゃないもの」
綾は次元を見つめた。
彼の眼が、帽子の奥から綾を見つめ返しているのが分かる。
「お願い。私……私を次元のそばに置いて欲しいの」
わずかな沈黙の後、次元は視線を反らした。
「そいつぁダメだ。急に現れて綾だって言われても、信用できねぇ」
「そんな! 私、ママに似てるでしょ? だからすぐミコの娘って分かったんじゃないの?」
「他人に似せる方法なら幾らでもある。化粧でも、整形でもな」
「ひどい!」
「それに、父親が行方不明になってから半年も経ってる。何故今更俺を頼ってきた」
「ずっと探してたのよ! ずっと! どこにいるのか見当もつかないし、貴方を知ってる知り合いもいない。警察のデータベースをハッキングして調べたりもしたわ」
「ハッキングだとよ、おい」
ルパンが次元の肩を叩く。
「まさに学者の娘っていう感じじゃないか? 次元」
「口だけなら何とでも言えるさ」
「もうっ、本物だってば!」
綾は必死で訴えた。
「ママとの約束、忘れた訳じゃないわよね⁉」
「何?」
「死んじゃったら、もう友達じゃないって言うの⁉」
次元の脳裏にミコの笑顔がフラッシュバックする。
『私を守ってくれるのは仕事だからなの、次元? ヴァルナの研究員だから?』
答は分かってるくせに、わざとらしく訊いてきたミコ。
『言わせたいのか? ……友達だからだ』
『……うふふ、よくできました』
ミコは微笑んだ。
俺はミコの笑顔が好きだった。
『友達である限り、あんたも、あんたの家族も守ってやる』
『約束よ、次元』
ミコは嬉しそうに笑った。
「俺も若かったな……」
そう呟くと、ため息をひとつ。
「分かった。本人だと認めてやろう」
「やった!」
綾は次元の首に飛び付いた。
次元は表情を変えずに彼女をひきはがす。
「だが、ここに置くかどうかは別問題だ。俺には仲間がいる」
「警察の資料見たから知ってる。ルパンと五エ門でしょ?」
綾は振り返ってルパンと五エ門を見た。
「2人がうんと言わなけりゃ、ここには置いてやれねぇ」
綾はルパンの顔を見つめた。
彼は口角を上げてニンマリすると、茶目っ気たっぷりに言った。
「こぉ~んな可愛い子と一緒に住めるってのに、俺がイヤって言うと思う? ……五エ門はどうよ?」
「不二子だって勝手気儘に来る。1人位増えてもたいして変わらん」
「よし、決まり! よろしくね綾ちゃん!」
両手を広げて綾に抱きつこうとしたルパンだったが、次元が無言で手を伸ばし、顔面を掴んで押しとどめた。
「こちらこそ。よろしくお願いします」
そう言って微笑んだ綾は、驚く程ミコに似ていた。
つづく
アジトにやってきた不二子は、次元のそばに座っている少女に目を丸くした。
「やだ、誰その子。次元の子?」
「バカ言うな」
次元は言い、綾に向き直った。
「綾、悪いんだが酒持ってきてくれないか。キッチンは向こうだ」
綾は何も言わずに立ち上がった。
席を外してほしいのだと察したのだろう。
「彼女は古い友人の娘だ」
次元が語り始めた。
「ヴァルナエネルギーって知ってるか?」
「ヴァルナ……研究所の爆発で潰れたあの会社か?」
ルパンの言葉に次元は軽く首肯する。
「彼女の両親はヴァルナの研究員で、研究所の敷地に家をあてがわれて住んでいた。俺は研究員やデータを守る為にヴァルナに雇われていたから、彼女の家族とは親しかった」
ある日ヴァルナエネルギー開発研究所は突然爆発を起こし、研究施設だけでなく敷地内の全ての建物が炎上。
会社自体も潰れた。
「事故とも事件とも言われていたけど……結局真相は分からなかったわね」
「彼女の母親……ミコはあの事件で死んだんだ。幼い綾の目の前でな」
事件、と言ったか。
ルパンはちらりと横目で次元を見た。
「父親は?」
「事件の後、研究から一切手をひいた。田舎に引っ込んでタクシー運転手になったと聞いているが……」
綾がウィスキーの瓶とグラスを持って戻ってきた。沢山ある酒瓶の中から、ちゃんと次元好みのバーボンを持ってきている。
「パパは半年前、私が友達と旅行に行ってる間に行方不明になったの。町から数十キロ離れた所で車は見つかったけど、パパは行方不明のままよ」
「立ち聞きか、綾。行儀が悪いんだな」
次元は酒瓶とグラスを受け取りながら言った。
不二子が振り向いて訊ねた。
「何の音沙汰もないの?」
「新聞の尋ね人欄に、パパの名前で私の消息を尋ねる広告が何度か載ったわ。でも返事はしなかった」
「なぜ?」
「パパは昔、もしもこんな風に連絡を取らなきゃいけなくなったら、秘密の名前を使うって言ってたの。まだママが死んで間もない頃よ。あの頃パパは常に、『何かあったら』って考えてたんだと思う」
「秘密の名前って……?」
「パパは二人きりの時、よく私の事を秘密の名前で呼んでたの。言ってみればあだ名ね」
「じゃあ、新聞で綾ちゃんを探してたのは、パパさんじゃないって事か……」
ルパンの言葉に頷いてから、綾は次元を振り返った。
「ねぇ次元。パパを探してなんて言わないわ。パパがまだ生きてるなんて希望を持つほど、私バカじゃないもの」
綾は次元を見つめた。
彼の眼が、帽子の奥から綾を見つめ返しているのが分かる。
「お願い。私……私を次元のそばに置いて欲しいの」
わずかな沈黙の後、次元は視線を反らした。
「そいつぁダメだ。急に現れて綾だって言われても、信用できねぇ」
「そんな! 私、ママに似てるでしょ? だからすぐミコの娘って分かったんじゃないの?」
「他人に似せる方法なら幾らでもある。化粧でも、整形でもな」
「ひどい!」
「それに、父親が行方不明になってから半年も経ってる。何故今更俺を頼ってきた」
「ずっと探してたのよ! ずっと! どこにいるのか見当もつかないし、貴方を知ってる知り合いもいない。警察のデータベースをハッキングして調べたりもしたわ」
「ハッキングだとよ、おい」
ルパンが次元の肩を叩く。
「まさに学者の娘っていう感じじゃないか? 次元」
「口だけなら何とでも言えるさ」
「もうっ、本物だってば!」
綾は必死で訴えた。
「ママとの約束、忘れた訳じゃないわよね⁉」
「何?」
「死んじゃったら、もう友達じゃないって言うの⁉」
次元の脳裏にミコの笑顔がフラッシュバックする。
『私を守ってくれるのは仕事だからなの、次元? ヴァルナの研究員だから?』
答は分かってるくせに、わざとらしく訊いてきたミコ。
『言わせたいのか? ……友達だからだ』
『……うふふ、よくできました』
ミコは微笑んだ。
俺はミコの笑顔が好きだった。
『友達である限り、あんたも、あんたの家族も守ってやる』
『約束よ、次元』
ミコは嬉しそうに笑った。
「俺も若かったな……」
そう呟くと、ため息をひとつ。
「分かった。本人だと認めてやろう」
「やった!」
綾は次元の首に飛び付いた。
次元は表情を変えずに彼女をひきはがす。
「だが、ここに置くかどうかは別問題だ。俺には仲間がいる」
「警察の資料見たから知ってる。ルパンと五エ門でしょ?」
綾は振り返ってルパンと五エ門を見た。
「2人がうんと言わなけりゃ、ここには置いてやれねぇ」
綾はルパンの顔を見つめた。
彼は口角を上げてニンマリすると、茶目っ気たっぷりに言った。
「こぉ~んな可愛い子と一緒に住めるってのに、俺がイヤって言うと思う? ……五エ門はどうよ?」
「不二子だって勝手気儘に来る。1人位増えてもたいして変わらん」
「よし、決まり! よろしくね綾ちゃん!」
両手を広げて綾に抱きつこうとしたルパンだったが、次元が無言で手を伸ばし、顔面を掴んで押しとどめた。
「こちらこそ。よろしくお願いします」
そう言って微笑んだ綾は、驚く程ミコに似ていた。
つづく