シャーロック・ホームズ
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「えぇと……」
本物のシャーロック・ホームズだと思ったら急に舞い上がってしまい、ただでさえややこしい身の上話をどう話したら良いやら、すっかり戸惑ってしまった。
するとホームズさんは私に、コップの水を手渡して言った。
「焦らなくて良い。落ち着いて、ゆっくり話したまえ」
「ありがとうございます」
私は話しはじめた。
21世紀の日本から来たこと。
来たと言うより、気づいたらロンドンの街中にいたこと。
「21世紀のイギリス国王は誰だ?」
唐突にホームズさんが訊ねた。
「え? えっと……エリザベス女王?」
「ヴァージン・クイーン? ひと昔前じゃないか」
「あっ、二世! エリザベス二世です!」
ホームズさんは胡散臭そうに私を見た。
「他に、大きな歴史的出来事は?」
「えーっと……」
日本なら15代は慶喜、最後の望みは軍制改革フランス流さ~って頃でしょうけど。
いやいや、『イヤームナ(1867)しい大政奉還』だから、終わってるな。
『イヤナナ(1877)い乱西南戦争』だから、西南戦争も終わってるな。
伊藤博文は総理大臣かな?
…………。
もうっ、日本の歴史すらおぼつかないのに、イギリスの歴史なんてわかる訳がないじゃない。
それに、SF小説でよくある、『過去に影響を与えると歴史が変わってしまう』可能性も怖い。
下手をしたら帰れなくなってしまう。
「ごめんなさい。よくわからないです……」
私の世界ではシャーロック・ホームズは実在の人物ではない。
コナン・ドイルの書いた小説の登場人物のはずだ。
そうなると、これは単なるタイムスリップなんてものではなくて、本の中に入っちゃったとか、そういうファンタジックなものかもと思ってしまう。
『英雄の書』でも読んでおけば良かった。
「そんな風じゃ、君が本当に未来から来たのか疑わしいな」
ホームズさんが呟くと、ワトソンさんが反論した。
「そんな冷たい事言うなよ。もう少し色々聞いてみよう」
「優しいんですね、ワトソンさん。本と同じだ」
「本? 本とは?」
耳ざとく聞きつけたホームズさんが食いついた。
なんて説明しよう。
「えーと……ホームズさんの活躍をワトソンさんが小説に書いてるんです。全部で60編あって、今でもベストセラーですよ」
「小説? 歴史的には残っていないのか」
「手柄をレストレード警部達に譲っちゃうからじゃないですかね」
コナン・ドイルが書いた小説ですから、とは言えない。
「ワトソン、本当に小説なんか書いているのか?」
「あぁ。だけど、驚いたな。まだ誰にも言ってないのに……」
「私、小さい頃からホームズさんの大ファンだったんですよ。『人生という無色の糸かせには、殺人という緋色の糸がまじりこんでいる。僕たちの仕事はそれを解きほぐし、分離して、1インチのこらず陽の光の下にさらけだすことなのだ』」
ホームズさんもワトソンさんも驚いた顔をした。
「確かに、そんな事を言った覚えがある。去年の、イーノック・ドレッバーの事件の時だ」
「『緋色の研究』ってタイトルで小説に書いたけど、それはまだ推敲前だし、誰にも見せてないよ」
二人はようやく、信じる気になってきた。
「他にどんな事件があった?」
「グロリア・スコット号事件とか、マスグレーヴの一族にまつわる儀式の事件とか」
「グロリア……? どんな事件なんだい?」
ワトソンさんが興味を示して、身を乗り出した。
ホームズさんはそれを手で制する。
「君と出会う前の事件だ。いつか話すよ、いつかね」
ホームズさんは私に向き直って、再び質問する。
「未来の事件の話をしてくれないか。これから起こり、僕たちが解決する事件を」
「え? えーっと……」
私は覚えているはずのそれを口にしようとした。
シャーロック・ホームズの物語は熟知している。
……はずだった。
「あれ……?」
おかしい、まったく出てこない。
『緋色の研究』より前の事件なら、すんなり出てくる。
ダールトン殺害事件とかアルミ製松葉杖の事件とか、いわゆる語られざる事件として名前だけ残っているものまで。
なのにそれ以降のものは、何度も読んだはずなのにさっぱり思い出せないのだ。
「思い出せません……」
ホームズさんは大きなため息をついた。
がっかりした顔だ。
「ご、ごめんなさい……」
「君が謝ることない。ホームズ、君もデリカシーに欠けるよ」
ワトソンさんがホームズさんをたしなめた。
ホームズさんは意に介さず、ソファの背もたれに体を預けた。
「未来から来たと言うが、未来の事は何も語れない。粘土が無けりゃレンガは作れないだろう? ワトソン、君は証拠も無しに僕に信じろと言うのかい?」
「それは……でも、ドレッバー殺害事件の時の君の言葉は、彼女の知り得ない事だろう」
ワトソンさんは私の肩を持ってくれる。
私は後押しするように口を挟んだ。
「文学、哲学、天文学の知識はまったく無し。政治、ほんの少し。植物学、毒物には詳しいが園芸の知識は無し。地質学、実用的。化学、詳しい。解剖学、正確だが組織的ではない。通俗文学、非常に詳しい。法律、実際に役立つ知識は豊か。バイオリンの演奏は上手で、棒術、ボクシング、剣術の達人」
「観察と今までの会話で、それだけ見抜いたのか?」
ホームズさんは少し感心した様子で私を見下ろし、次いでワトソンさんを見た。
「ワトソン、この子はなかなか洞察力があるようだぞ……ワトソン? 何故そんな顔をしてるんだ?」
ワトソンさんは、きまり悪そうな顔をしていた。
どこからか紙切れを持ってきてホームズさんに手渡す。
「ここで暮らし始めた当初、君の生活ぶりを見て、君の知識と能力の一覧表を作ったんだ。もちろん、誰にも見せた事はない」
そこには、私の言葉と寸分違わない内容が書かれていた。
ホームズさんは紙切れから顔を上げた。
「なぜ、君が知っているんだ?」
「本に書いてありましたから」
私が答えると、ホームズさんはしばし私を見つめ、それからため息まじりに言った。
「分かった。一応、君は未来から来たとしよう」
まだ私は未来人(仮)らしい。
「それで、問題は何だい?」
「帰る方法がわからないんです。行く所もないし、頼れる人もいなくて……」
なんでこんな事になったんだろう。
急に心細くなってきた。
涙が出そうになる。
「心配しなくて良い」
ホームズさんは優しい声で言った。
「ハドソンさんに言っておこう。帰れるようになるまで、ここに居たまえ」
「ホームズ」
ワトソンさんが口を挟んだ。
「男所帯に女の子なんて、彼女に悪い噂でもたったら可哀想だよ」
「ハドソンさんになんとかしてもらう。遠縁の親戚とか何とか言ってもらうさ」
「だけど……」
「僕の部屋を使ってくれて構わない。僕はしょっ中ソファで寝たりしてるから平気だ」
「でも……」
まだ何か言いたそうなワトソンさんを制して、ホームズさんは指をパチンと鳴らした。
「食事にしよう。ハドソンさん! ハドソンさん!」
こうなってはもうワトソンさんも何も言えなかった。
目が合うとワトソンさんは、優しく笑いかけてくれた。
「困った事があったら何でも言って」
「はいっ。ありがとうございます!」
ひとまず安心した私だった。
おわり
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本物のシャーロック・ホームズだと思ったら急に舞い上がってしまい、ただでさえややこしい身の上話をどう話したら良いやら、すっかり戸惑ってしまった。
するとホームズさんは私に、コップの水を手渡して言った。
「焦らなくて良い。落ち着いて、ゆっくり話したまえ」
「ありがとうございます」
私は話しはじめた。
21世紀の日本から来たこと。
来たと言うより、気づいたらロンドンの街中にいたこと。
「21世紀のイギリス国王は誰だ?」
唐突にホームズさんが訊ねた。
「え? えっと……エリザベス女王?」
「ヴァージン・クイーン? ひと昔前じゃないか」
「あっ、二世! エリザベス二世です!」
ホームズさんは胡散臭そうに私を見た。
「他に、大きな歴史的出来事は?」
「えーっと……」
日本なら15代は慶喜、最後の望みは軍制改革フランス流さ~って頃でしょうけど。
いやいや、『イヤームナ(1867)しい大政奉還』だから、終わってるな。
『イヤナナ(1877)い乱西南戦争』だから、西南戦争も終わってるな。
伊藤博文は総理大臣かな?
…………。
もうっ、日本の歴史すらおぼつかないのに、イギリスの歴史なんてわかる訳がないじゃない。
それに、SF小説でよくある、『過去に影響を与えると歴史が変わってしまう』可能性も怖い。
下手をしたら帰れなくなってしまう。
「ごめんなさい。よくわからないです……」
私の世界ではシャーロック・ホームズは実在の人物ではない。
コナン・ドイルの書いた小説の登場人物のはずだ。
そうなると、これは単なるタイムスリップなんてものではなくて、本の中に入っちゃったとか、そういうファンタジックなものかもと思ってしまう。
『英雄の書』でも読んでおけば良かった。
「そんな風じゃ、君が本当に未来から来たのか疑わしいな」
ホームズさんが呟くと、ワトソンさんが反論した。
「そんな冷たい事言うなよ。もう少し色々聞いてみよう」
「優しいんですね、ワトソンさん。本と同じだ」
「本? 本とは?」
耳ざとく聞きつけたホームズさんが食いついた。
なんて説明しよう。
「えーと……ホームズさんの活躍をワトソンさんが小説に書いてるんです。全部で60編あって、今でもベストセラーですよ」
「小説? 歴史的には残っていないのか」
「手柄をレストレード警部達に譲っちゃうからじゃないですかね」
コナン・ドイルが書いた小説ですから、とは言えない。
「ワトソン、本当に小説なんか書いているのか?」
「あぁ。だけど、驚いたな。まだ誰にも言ってないのに……」
「私、小さい頃からホームズさんの大ファンだったんですよ。『人生という無色の糸かせには、殺人という緋色の糸がまじりこんでいる。僕たちの仕事はそれを解きほぐし、分離して、1インチのこらず陽の光の下にさらけだすことなのだ』」
ホームズさんもワトソンさんも驚いた顔をした。
「確かに、そんな事を言った覚えがある。去年の、イーノック・ドレッバーの事件の時だ」
「『緋色の研究』ってタイトルで小説に書いたけど、それはまだ推敲前だし、誰にも見せてないよ」
二人はようやく、信じる気になってきた。
「他にどんな事件があった?」
「グロリア・スコット号事件とか、マスグレーヴの一族にまつわる儀式の事件とか」
「グロリア……? どんな事件なんだい?」
ワトソンさんが興味を示して、身を乗り出した。
ホームズさんはそれを手で制する。
「君と出会う前の事件だ。いつか話すよ、いつかね」
ホームズさんは私に向き直って、再び質問する。
「未来の事件の話をしてくれないか。これから起こり、僕たちが解決する事件を」
「え? えーっと……」
私は覚えているはずのそれを口にしようとした。
シャーロック・ホームズの物語は熟知している。
……はずだった。
「あれ……?」
おかしい、まったく出てこない。
『緋色の研究』より前の事件なら、すんなり出てくる。
ダールトン殺害事件とかアルミ製松葉杖の事件とか、いわゆる語られざる事件として名前だけ残っているものまで。
なのにそれ以降のものは、何度も読んだはずなのにさっぱり思い出せないのだ。
「思い出せません……」
ホームズさんは大きなため息をついた。
がっかりした顔だ。
「ご、ごめんなさい……」
「君が謝ることない。ホームズ、君もデリカシーに欠けるよ」
ワトソンさんがホームズさんをたしなめた。
ホームズさんは意に介さず、ソファの背もたれに体を預けた。
「未来から来たと言うが、未来の事は何も語れない。粘土が無けりゃレンガは作れないだろう? ワトソン、君は証拠も無しに僕に信じろと言うのかい?」
「それは……でも、ドレッバー殺害事件の時の君の言葉は、彼女の知り得ない事だろう」
ワトソンさんは私の肩を持ってくれる。
私は後押しするように口を挟んだ。
「文学、哲学、天文学の知識はまったく無し。政治、ほんの少し。植物学、毒物には詳しいが園芸の知識は無し。地質学、実用的。化学、詳しい。解剖学、正確だが組織的ではない。通俗文学、非常に詳しい。法律、実際に役立つ知識は豊か。バイオリンの演奏は上手で、棒術、ボクシング、剣術の達人」
「観察と今までの会話で、それだけ見抜いたのか?」
ホームズさんは少し感心した様子で私を見下ろし、次いでワトソンさんを見た。
「ワトソン、この子はなかなか洞察力があるようだぞ……ワトソン? 何故そんな顔をしてるんだ?」
ワトソンさんは、きまり悪そうな顔をしていた。
どこからか紙切れを持ってきてホームズさんに手渡す。
「ここで暮らし始めた当初、君の生活ぶりを見て、君の知識と能力の一覧表を作ったんだ。もちろん、誰にも見せた事はない」
そこには、私の言葉と寸分違わない内容が書かれていた。
ホームズさんは紙切れから顔を上げた。
「なぜ、君が知っているんだ?」
「本に書いてありましたから」
私が答えると、ホームズさんはしばし私を見つめ、それからため息まじりに言った。
「分かった。一応、君は未来から来たとしよう」
まだ私は未来人(仮)らしい。
「それで、問題は何だい?」
「帰る方法がわからないんです。行く所もないし、頼れる人もいなくて……」
なんでこんな事になったんだろう。
急に心細くなってきた。
涙が出そうになる。
「心配しなくて良い」
ホームズさんは優しい声で言った。
「ハドソンさんに言っておこう。帰れるようになるまで、ここに居たまえ」
「ホームズ」
ワトソンさんが口を挟んだ。
「男所帯に女の子なんて、彼女に悪い噂でもたったら可哀想だよ」
「ハドソンさんになんとかしてもらう。遠縁の親戚とか何とか言ってもらうさ」
「だけど……」
「僕の部屋を使ってくれて構わない。僕はしょっ中ソファで寝たりしてるから平気だ」
「でも……」
まだ何か言いたそうなワトソンさんを制して、ホームズさんは指をパチンと鳴らした。
「食事にしよう。ハドソンさん! ハドソンさん!」
こうなってはもうワトソンさんも何も言えなかった。
目が合うとワトソンさんは、優しく笑いかけてくれた。
「困った事があったら何でも言って」
「はいっ。ありがとうございます!」
ひとまず安心した私だった。
おわり
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