シャーロック・ホームズ
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誰かが階段を上ってくる足音で意識が戻った。
暖炉が目に入り、まだ夢から覚めないのかとぼんやり思う。
再び目を閉じた時、ドアが開いた。
起きるタイミングを失って、そのまま眠ったフリをしていると、すぐ近くで声がした。
「これが依頼人か?」
「依頼人とは言ってないけど。でも部屋には彼女しかいないようだし、ハドソンさんも『女の子』と言っていたよ」
しばしの沈黙。
薄目を開けて様子をうかがうと、背の高い男性がじっと私を見下ろしていた。
細面で額は広く、髪は黒。
瞳は灰色で鋭い印象を与える。
全体的に神経質そうな感じだ。
「ふむ。裕福な家庭に生まれているが、かなり甘やかされて育ったために教養はあまりない。かなり遠くから、ロンドンへは来たばかりだ。何かのっぴきならぬ事件が起きて、僕の所へ飛んできたという訳だ」
ヒトが寝ていると思って、言いたい放題だ。
私の背後から、別の男性の声がした。
「どうしてわかるんだ」
「彼女の手は、仕事を持つ者の手ではない。学校へ行かせてもらえる位の家の出だ」
「甘やかされているというのは?」
「訪問先で居眠りする娘なんて、少なくとも僕の依頼人の中にはいなかった。年頃の娘を持つ親ならば、それなりのつつしみ位は持たせるべきだと思うが」
「疲れているんだよ。よほど辛い目にあったんだろう」
長身は肩をすくめ、ため息をついた。
「相変わらずお人よしだな、君は。そんなんじゃ、いつか酷い目にあうぜ」
「そんな事ないよ!」
背後の男がきっぱり否定すると、長身は何故かクスリと笑った。
そして私に歩み寄ると、顔を近づけて言った。
「聞いたかい? ワトソンは君を信用するらしいから、せいぜい彼をガッカリさせないようにしたまえよ」
「おい、ホームズ?」
怪訝そうな声に、長身は屈めた背を伸ばして私の背後を見た。
「意地が悪いんだ、彼女。さっきからずっと寝たふりをして僕らの話を聞いていた」
「本当か?」
「起きるタイミングを逃しただけです」
私は目を開けて座り直した。
ダークブロンドの青年が、長身を押し退けて私の正面に回り込んできた。
ペールブルーの瞳が私の顔を覗き込む。
その柔らかな声に似合う、穏やかな印象だ。
「僕達の話を、どこから聞いてたの?」
「……この人が私を、アホでパーで慎みがなくて、もう女じゃないとか言ってるところからです」
長身の言葉にカチンときていた私は、嫌みたっぷりに答えた。
すると長身は心外だという顔をした。
「女じゃないとは言ってない。たとえ君が変装していたとしても、僕は女だと見破れる自信がある」
こいつ、嫌みも通じないらしい。
おまけに、『アホでパーで慎みがない』は否定しない。
「ごめんよ、悪気はないんだ。ホームズはちょっと観察しただけで、色々わかってしまうんだよ」
なぜブロンドさんが謝るんだろう。
いや、それより。
この二人、さっきから『ホームズ』『ワトソン』と呼びあってなかった?
「君、名前は?」
「アオイです」
「僕はジョン・H・ワトソン。彼は……」
「やっぱり、シャーロック・ホームズ?」
私が言うと、ブロンドのワトソンさんは一瞬目を丸くして、それから笑みを浮かべた。
「その通り。よくわかったね」
「依頼人なら名前を知ってるのは当然だ」
長身、もとい、ホームズさんはフンと鼻を鳴らした。
「依頼人って……私?」
「この下宿のおかみがそう言っていたが、違うのか?」
「依頼人とは言ってないよ。奇妙な問題を抱えてるみたいだから話を聞いてあげてと言っていた」
「……同じじゃないか」
ホームズさんはソファに腰を下ろした。
「では、その奇妙な問題とやらを聞こう。覚えている限り、できるだけ詳しく話してくれ」
「あ……でも私、こんな事になるとは思ってなかったから……お金とか、何も持っていないんです」
依頼となると報酬を払わなければいけない。
だけど私は、日本円しか持ち合わせていなかった。
しかも数千円しか。
とても報酬なんて払えそうにない。
ホームズさんは笑った。
「必要ない。僕にとっては事件そのものが報酬みたいなものだ」
私はホームズさんを見つめた。
困っている依頼人には優しく手を差し伸べる。
目の前にいる彼はイメージ通りで、まさに本の中のシャーロック・ホームズそのものだった。
暖炉が目に入り、まだ夢から覚めないのかとぼんやり思う。
再び目を閉じた時、ドアが開いた。
起きるタイミングを失って、そのまま眠ったフリをしていると、すぐ近くで声がした。
「これが依頼人か?」
「依頼人とは言ってないけど。でも部屋には彼女しかいないようだし、ハドソンさんも『女の子』と言っていたよ」
しばしの沈黙。
薄目を開けて様子をうかがうと、背の高い男性がじっと私を見下ろしていた。
細面で額は広く、髪は黒。
瞳は灰色で鋭い印象を与える。
全体的に神経質そうな感じだ。
「ふむ。裕福な家庭に生まれているが、かなり甘やかされて育ったために教養はあまりない。かなり遠くから、ロンドンへは来たばかりだ。何かのっぴきならぬ事件が起きて、僕の所へ飛んできたという訳だ」
ヒトが寝ていると思って、言いたい放題だ。
私の背後から、別の男性の声がした。
「どうしてわかるんだ」
「彼女の手は、仕事を持つ者の手ではない。学校へ行かせてもらえる位の家の出だ」
「甘やかされているというのは?」
「訪問先で居眠りする娘なんて、少なくとも僕の依頼人の中にはいなかった。年頃の娘を持つ親ならば、それなりのつつしみ位は持たせるべきだと思うが」
「疲れているんだよ。よほど辛い目にあったんだろう」
長身は肩をすくめ、ため息をついた。
「相変わらずお人よしだな、君は。そんなんじゃ、いつか酷い目にあうぜ」
「そんな事ないよ!」
背後の男がきっぱり否定すると、長身は何故かクスリと笑った。
そして私に歩み寄ると、顔を近づけて言った。
「聞いたかい? ワトソンは君を信用するらしいから、せいぜい彼をガッカリさせないようにしたまえよ」
「おい、ホームズ?」
怪訝そうな声に、長身は屈めた背を伸ばして私の背後を見た。
「意地が悪いんだ、彼女。さっきからずっと寝たふりをして僕らの話を聞いていた」
「本当か?」
「起きるタイミングを逃しただけです」
私は目を開けて座り直した。
ダークブロンドの青年が、長身を押し退けて私の正面に回り込んできた。
ペールブルーの瞳が私の顔を覗き込む。
その柔らかな声に似合う、穏やかな印象だ。
「僕達の話を、どこから聞いてたの?」
「……この人が私を、アホでパーで慎みがなくて、もう女じゃないとか言ってるところからです」
長身の言葉にカチンときていた私は、嫌みたっぷりに答えた。
すると長身は心外だという顔をした。
「女じゃないとは言ってない。たとえ君が変装していたとしても、僕は女だと見破れる自信がある」
こいつ、嫌みも通じないらしい。
おまけに、『アホでパーで慎みがない』は否定しない。
「ごめんよ、悪気はないんだ。ホームズはちょっと観察しただけで、色々わかってしまうんだよ」
なぜブロンドさんが謝るんだろう。
いや、それより。
この二人、さっきから『ホームズ』『ワトソン』と呼びあってなかった?
「君、名前は?」
「アオイです」
「僕はジョン・H・ワトソン。彼は……」
「やっぱり、シャーロック・ホームズ?」
私が言うと、ブロンドのワトソンさんは一瞬目を丸くして、それから笑みを浮かべた。
「その通り。よくわかったね」
「依頼人なら名前を知ってるのは当然だ」
長身、もとい、ホームズさんはフンと鼻を鳴らした。
「依頼人って……私?」
「この下宿のおかみがそう言っていたが、違うのか?」
「依頼人とは言ってないよ。奇妙な問題を抱えてるみたいだから話を聞いてあげてと言っていた」
「……同じじゃないか」
ホームズさんはソファに腰を下ろした。
「では、その奇妙な問題とやらを聞こう。覚えている限り、できるだけ詳しく話してくれ」
「あ……でも私、こんな事になるとは思ってなかったから……お金とか、何も持っていないんです」
依頼となると報酬を払わなければいけない。
だけど私は、日本円しか持ち合わせていなかった。
しかも数千円しか。
とても報酬なんて払えそうにない。
ホームズさんは笑った。
「必要ない。僕にとっては事件そのものが報酬みたいなものだ」
私はホームズさんを見つめた。
困っている依頼人には優しく手を差し伸べる。
目の前にいる彼はイメージ通りで、まさに本の中のシャーロック・ホームズそのものだった。