「アオイ、驚かないで聞いてくれ」

部屋に入ってくるなりホームズさんが言った。

彼の深刻な顔に、私は思わず身構える。

「何でしょうか」

「おかみが留守だ。明日まで戻らない」

なんだ、その事か。

私はホッとして肩の力を抜いた。

「ハドソンさんから聞いています。妹さんのお見舞いだそうですね」

「問題は夕食だ。君にはおかみのキッチンは扱えまい」

「えぇ、まぁ……」

女子力が低いと思われそうで癪だけれど、仕方がない。

石炭だからスイッチひとつでハイ点火、というわけにはいかないのだ。

火加減もよくわからない。

「困ったな」

「レストランへ予約を入れますか？」

ホームズさんはチチチ、と指を振って私の提案を却下した。

「魚と肉が手に入ったんだ。無駄にはしたくない」

「どうしたんですか、それ」

「先日の散歩途中に、マーケットのちょっとした事件を解決してやった事があってね。その礼にと、さっき小僧が届けに来た。よりによってこんな日に……」

仕方ない、とホームズさんはため息をついた。

「僕が調理しよう」

「えぇ⁉︎」

思わずのけぞると、ホームズさんはムッとして私を睨んだ。

「そう驚くことはないだろう」

「だって……ホームズさん、お料理できるんですか？」

「できないわけがない」

意外にも頼もしい言葉が返ってきた。

「実際にやった事はないが、作り方は味からだいたい推察できる」

「そ、そうですか……」

ちょっと心配になってきた。

「飛び切りの料理をご馳走しよう。どーんと任せたまえ！」

私の不安を知ってか知らずか、ホームズさんは力強く私の背中を叩いた。