「ひ、人違いです。私はホームズなんて人……」

無関係を主張しながら見上げると、モリアーティは冷たい表情でアオイを見下ろしていた。

「私が確認もしないと思うのかね？　ずっとベーカー街の向かいの部屋から観察していたのだよ。君はホームズと同じ部屋に住んでいる」

「…………」

アオイは言葉をつまらせた。

モリアーティはそんな彼女の様子をじっと見つめている。

ここで負けちゃダメだ。

アオイは縛られた両手の拳をギュッと握りしめた。

ホームズさんに迷惑をかけるわけにはいかない。

危険な目に合わせるわけにはいかない。

アオイは再び口を開いた。

「私はあの下宿の大家さん、ハドソン夫人の親戚なんです。だから同じ建物には住んでますけど、ホームズさんとはあまり接点がなくて……」

「あぁ」

モリアーティは小さく笑ってアオイの言葉を遮った。

「ホームズを釣るにはじゅうぶんだ」

彼は満足そうなため息とともにソファにゆっくりと腰を下ろした。

「ホームズさんは来ませんよ」

アオイがキッパリ言い切ると、モリアーティはニヤリと笑った。

「ホームズをずいぶん見くびっているんだな。まぁこの場所に結びつくような物は何も残していないから、彼の捜査も難航するだろうが」

そうではない。

ホームズならあっという間にここを探し当てると、アオイには分かっていた。

モリアーティの罠だと、すぐに気が付くに違いないと。

「来るのはヤードのレストレード警部です」

ホームズさんは私の為に危険をおかしたりはしない。

きっとヤードに通報して私を救出させるだろう。

モリアーティは何も言わず、ただニヤニヤと笑っただけだった。

沈黙が訪れた。

時計の秒針が焦燥感を掻き立てる。

アオイはなんとか逃げ出そうともがいたが、ロープが腕にくい込んだだけだった。

モリアーティは黙ったまま、愉快そうにアオイのやることを眺めていた。

数時間が過ぎた。