ルパン達が仕事の下見に出かけた朝。

五エ門はいつも通り、リビングの片隅で座禅を組んだ。

目を閉じて心を落ち着かせ、ゆっくりと呼吸を整えていく。

雑念を振り払い、無の境地を目指して。

…………。

ふいに感じたかすかな気配。

（誰だ）

聞き覚えのある小さな足音。

（綾殿だな）

足音は五エ門の前で立ち止った。

（何をしている……？）

五エ門は目を開けて綾を見たい衝動に駆られた。

（いかん。修行、修行……）

意識を集中しようとすると、綾の気配が動いて五エ門の真横で止まった。

そしてどうやらそこに腰を下ろしたようで、彼女の腕が五エ門の肘に当たる。

「あ、ゴメン」

小さく謝るのが聞こえた。

その後は沈黙。

誘惑に負けてそっと薄目を開け様子を窺うと、綾は隣で座禅を組んでいた。

どうやら一緒に修行をしているつもりらしい。

五エ門は困惑しつつ、目を閉じて修行を再開する。

（やけに右側が熱い……綾殿の体温が……）

身じろぎすれば腕が触れるほど近くに綾が座ったせいで、五エ門は気が散って仕方がない。

（いかん、いかん。無念無想、無念無想）

必死に意識を軌道修正させる。

…………。

（む……？）

唐突に肩にかかった重みに、五エ門の意識は現実へ引き戻された。

チラリと目をやれば、綾が肩に持たれて眠っている。

（綾殿⁉︎）

自分の意思とは関係なく、どんどん鼓動が早くなっていく。

（まつ毛が長いな……）

ハッ！

（いやいや！　某は何を！）

五エ門は慌てて目を瞑った。

平常心を装って、それとなく綾を起こそうと自らの肩を揺すってみた。

すると綾の頭が肩からすべり落ち、ゆっくりと傾いだかと思うと、五エ門の脚の上に倒れ込んでしまった。

（綾どのーっ⁉︎）

綾はそのままの体勢で、まったく起きる気配がない。

抱き起こせば良いのだが、五エ門は無防備な彼女の体に触れることができない。

五エ門は固まったまま目線だけを下げ、綾を見下ろした。

（髪が……）

髪が顔を覆っていた。

五エ門は体を動かさないよう細心の注意を払いつつ、人さし指を伸ばして、綾の顔にかかった髪をそっと払ってやった。

綾は安心しきった顔で、気持ちよさそうに寝息を立てている。

（可愛い……）

ハッ！

（いやいやいやいや！　そうではなかろう！）

慌てて目を瞑り、必死に何も考えまいとする。

（考えない、考えない……）

（何妙法蓮華経色即是空空即是色……わーっ！　わーっ！）

どうやら失敗したようだ。