ノックをすると、女が顔を出した。

ゆるくウェーブのかかった髪を揺らし、小首を傾げて、こんな雨の早朝に訪れた見知らぬ訪問者を訝しげに見つめている。

「けが人を診てもらいたいんだ。ミラー先生はいるか？」

「私よ。さぁ、入って」

促されて診察室に入った。

病院独特の、あの消毒液の匂いが鼻につく。

綾はベッドに横たえると小さく呻いた。

焦点の定まらぬ目で女医を見る。

「誰……？」

「リンダ・ミラー、医者よ。心配しないで」

綾は安心したのか、ゆっくりと目を閉じた。

リンダは綾の傷を見るなり顔をしかめる。

「ひどい傷。それに、かなり出血したみたいね」

「転倒して木の枝が刺さったんだ」

「その時、気を失った？」

「いや……」

「なら良いわ。処置するから、あなたは外で待ってて」

診察室から追い出された。

待っている間に、リビングの電話を拝借してルパンに連絡した。

「ずいぶん遅かったじゃんかよー。待ちくたびれたぜ？」

明るい声に胸が痛む。

「すまん。綾が怪我した」

受話器の向こうで奴が息をのんだ。

一瞬の沈黙に続いて聞こえてきたのは、

「今どこだ」

低く、急くような声。

「サバーニって小さな村だ。リンダ・ミラーって女医の家にいる」

「すぐに行く」

短い言葉の後、乱暴に受話器を置く耳障りな音がした。

あの様子じゃ、一時間と経たないうちにやってくるだろう。

窓の外を見ると、雨は止んでいた。

曇天の空を眺めていると、浮かぶのは唇を噛みしめて強がる綾の顔だけだった。

思い出すたびに胸を締めつけられる。