ロンドンの霧(仮)

「私立探偵ですか?」

耳元ですっとんきょうな声が響き、ロージーホールで現場検証中だったソフィ・レストレイド警部は思わず顔をしかめた。

それでなくてもロージーホールはよく響く。

「大声出さなくても聞こえるわよ、グレグスン。仕方ないのよ、上からの命令だもの」

「探偵なんかに仕事を邪魔されるのはごめんですよ」

グレグスンは不満そうに口を尖らせた。

「邪魔するつもりはないよ」

背後から第三者の声がした。

客席の最前列、赤いベルベットの座席にゆったりと腰かけていたのは、ワトソンだった。

「やぁ、ソフィ」

ワトソンは片手を軽く挙げて挨拶する。

レストレイドは呆れたように眉を上げ、彼の方へ歩み寄った。

「探偵が助っ人に来るって聞いたけど、まさか貴方とはね……」

「嬉しいだろ?」

「バカ言わないで」

渋面のレストレイドに、ワトソンは笑みを浮かべた。

「警部、知り合いなんですか?」

グレグスンがレストレイドに小声で尋ねた。

「まぁ、ちょっとね」

「あんなのに事件を任せて、大丈夫なんですか?」

「聞こえてるぞ、グレグスン君。あんなので悪かったな」

ワトソンが言い、グレグスンはバツの悪そうな顔をした。

「安心しろ、すぐに片付けてやるさ」

ワトソンは涼しい顔で舞台を顎で示す。

「……アイツがね」

彼の示す先にはホームズの姿があったが、彼女を見るなり、ワトソンは険しい顔で立ち上がった。

「ホームズ!」ワトソンはツカツカと大股でホームズへ近寄った。

「何をもたついている」

「あ、えっと……」

ホームズが立ち上がり、ワトソンを見た。

背の高いワトソンに比べ、彼女はかなり低い。自然と見上げる格好になる。

「だって、こわ……じゃなくて、あの、気の毒で、それでお祈りを……」

金髪と白いレースのリボンを震わせ、目を潤ませている。

ワトソンはため息をついた。

「さっきから見てりゃ、随分ご丁寧に。仏さんが成仏しちまうだろ」

「だって……」

ホームズは反論しようとしたが、それより早くワトソンの手が彼女の頭を鷲掴みにして、グルリと被害者の方を向かせた。

「バーカ、亡くなってなきゃ俺たちが呼ばれる訳ねぇだろうが。見りゃアンデットじゃねぇのは分かるだろ? ホトケさんは噛みつきゃしねぇからさっさと調べろ」

「わかりました……」

ホームズは仕方ないといった様子で小さくため息をつくと、また被害者のそばにかがみこむ。

レストレイドとグレグスンが興味深げに近寄ってきたが、ワトソンが両手を広げて制止した。

「はいはい、危ないから下がって下がって!」

ホームズはポシェットからチョークを取り出すと、自分の周りに小さな円を描いた。その円の外側にもう一回り大きな円。そして円と円の間を細かな幾何学模様で埋めてゆく。

魔方陣だ。

描き終えたホームズはチョークをしまいながら、小さな声で何事か呟いた。

魔方陣から光が噴出し、彼女の髪が風に煽られたように踊る。瞳が赤く輝いた。

始めて見る光景に、グレグスンは言葉がない。口をパクパクさせてホームズを指差し、レストレードを振り返る。

レストレイドは数年前に自分がワトソンから受けた説明をそのまま口にした。

「彼女はアン・シャーリー・ホームズ。ロンドンで唯一の魔法使いよ」
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