ロンドンの霧(仮)

「…………」

イギリスへと向かう船上で、ホームズはずっと考え込んでいた。

それは夕食時まで続き、テーブルの上の皿から人参のグラッセだけが消えていく。

「ホームズ」

レストレードが声をかけるが、聞こえていないようだった。

「仕方ないわね……」

レストレードはため息をついた。

ワトソン直伝の『ホームズ対応マニュアル』を思い出しながら、彼女の顎を掴んで口開けさせ──

「はい、あーん」

特大の肉をすかさず突っ込んだ。

ホームズはうわの空のまま、口いっぱいの肉を咀嚼している。

レストレードは頬杖をついて、もぐもぐと口を動かすホームズを見つめた。

「ねぇ、何をそんなに考えているの?」

「…………」

返事はない。

レストレードは肩をすくめ、仕方なく自分なりに事件について考えることにした。

最初の事件は16才の少女、踊り子。二件目は21才の男性、雑誌編集者。

どちらも若いが、二人に接点は見つかっていない。

発見されたのは、早朝のロージーホールと真昼のハンプトン通り。

どちらも発見場所が殺害現場とは限らないし、発見時刻も殺害時刻とは言い切れない。

一人は頸動脈から、二人目は手首から血を抜かれていた。

傷口から見ればヴァンパイアの仕業だが、日本の探偵はポンプを使った人間の犯行を暴いたという。

「……容疑者を絞るどころか、増えちゃったわね……」

「そうでしょうか」

ホームズがレストレードの顔を見上げた。

「だいぶ絞られたと思いますけど」

「あら、ちゃんと聞いてたのね」

ホームズはティーカップに手を伸ばしながら頷いた。

「もう少し情報があれば……でもそれは、あまり好ましくはないんですけど」

「どういうこと?」

「……いえ」

ホームズは軽く微笑んだ。

「それより、ワトソンさんにお土産買いましたか?」

「は? なんで私がジョンにお土産なんか買うのよ」

レストレードは顔をしかめた。

「あいつが欲しがるものなんて分からないし……そうだ、いっそのこと、ロリポップなんてどう?」

「なんでも喜ぶと思います。貴女が選んだ物なら」

「そんなことないわよ。もっと良いモン寄こせって文句を言うわ、絶対」

「そうですか?」

ホームズはティーカップを口に運びながら、さらりと続けた。

「でもこの前、『何か送ってあげようかしら』って言ってましたよね」

「言ってない!」

「寝言で……」

「そんなの言ったうちに入れないで!」

レストレードは赤くなってテーブルをばんと叩いた。

ホームズはくすくす笑いながら、また視線を窓の外へ戻した。

どこまでも広がる海。けれどその先には、霧の都──ロンドンがある。

再び始まるであろう、奇妙で血なまぐさい事件の続きを思って、彼女は小さく吐息を吐いた。
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