ロンドンの霧(仮)

「なんていうか……変わってるわね」

船から日本の地に降り立ったレストレードは小声で呟いた。

異国の空気、見慣れない文字、西洋風でもどこか変わった建物──すべてが異質で、ほんの少し息苦しい。

「随分と屋根が低いのね。頭をぶつけたりしないのかしら……」

言い終えるより早く、背後から車輪の軋む音が迫った。

「わっ──」

細い通りを、荷馬車がすれすれで通り抜けていった。

裾が風にあおられ、壁に身を寄せるしかない。

「ちょっと……こんなに狭いのに馬車まで通るの?」

「都市構造が違うのでしょうね。なのにそのまま西洋文化を取り入れたから」

何事もなかったかのようにホームズは歩き出す。

レストレードは息をつき、改めて通りの先を見上げた。

建物が肩を寄せ合うように並んでいる。

その向こうに、鮮やかな赤いものが見えた。

「あの赤いのは何? 何かの門?」

「鳥居と言って、神様の居られる場所の入口だそうですよ」

ホームズが答えた。

「あの門、ここに来るまでに何回か見たわよ? …… 日本には神様が沢山いるのね」

「教会が沢山あるのと同じことでしょう。でもまぁ、日本には八百万も神様がいるそうですよ」

「えっ、そんなに⁉︎」

驚いたレストレードは目を見開いて周囲を見渡してから、後ろを歩くホームズを振り返った。

「くわしいのね、ホームズ」

「えぇ。船の中で本を読みましたから」

そう言った彼女は日本語の本を手にしており、パラパラとページをめくっていた。

「だいたい覚えました」と、あっさり言う。

「何を?」

「日本語です」

ホームズは、ぱたんと本を閉じた。

「文字と文法は一通り。あとは発音ですが、これは実際に日本の方と話してみないと分かりません」

「…………」

レストレードはふっと口元を緩めた。

あの子が自分から誰かと話そうとしている。日本語で。

「それじゃ、通訳はお願いね」

「はい」

レストレードはワトソンに聞かせてやりたいと思った。
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