ロンドンの霧(仮)

スコットランドヤードは目の回る忙しさだった。

日常的に起こる魔族と人間の小競り合いに加え、二件の殺人事件。

「あれ、お邪魔だったかな?」

そう言いながらワトソンは階段をのぼり、廊下をズンズン歩いていく。

その後ろから、ホームズは遅れまいと小走りでついていった。

「レストレードはいるか?」

ワトソンの声にレストレードが振り向いた。

「あらジョン。こんにちは、ホームズ。何か新しい発見はあって?」

レストレードは足早にやってくると、ホームズに微笑んだ。

「あ、いえ……」ホームズはモジモジとスカートを揉んだ。

「あの、過去の事件の捜査資料を見せて欲しくて……」

「分かったわ。係の者に伝えておく。資料室の場所はジョン、あなた分かるでしょ」

ワトソンは肯定の印に片手を上げた。

「随分と忙しそうだな」

「新聞が二件の殺人事件を魔族が犯人かのように書き立てたせいで、魔族との対立が再燃しそうなの。政府は“対応中”の一点張り、現場は疲弊してるわ」

レストレードは手帳から小さなメモを取り出し、肩で息をついた。

「それから、ひとつ気になる話があって」

「何だ」ワトソンが尋ねた。

「ずっと東の方の日本という国で、少し前に同じような事件があったって情報が入ったの」

「同じような?」ホームズが顔を上げる。

「ええ。被害者は若い女性ばかり。みんな血を抜き取られていたそうよ」

レストレードは手帳にメモを戻してポケットにしまいながら続けた。

「実は別件で日本に派遣される予定だった刑事が急に行けなくなってね。代わりに私が行くよう打診されてるの。正式決定はまだだけど……」

「私も連れて行ってください」

ホームズの声が被った。

両手をキュッと握りしめ、俯くことなく真っ直ぐにレストレードを見つめている。

(あのホームズが……?)

レストレードは驚いたように目を瞬かせ、ホームズを見つめ返した。

日本は東の果てと聞いた。そんなに遠い所へ、ワトソン無しで行って大丈夫だろうか。

「お願いします。お仕事の邪魔はしませんから……」

レストレードの心の内を見抜いたかのようにホームズが訴えた。

レストレードはチラリとワトソンを見る。

彼も驚いた様だったが、レストレードの視線に気づいて小さく頷いた。

「邪魔どころか役に立つぞー、コイツは」そう言ってホームズの頭に手を乗せて笑った。指先でトントンとホームズの頭を叩く。

「よく気がつくし、時間には正確だし……何より体温が高くて寒い日には丁度良い」

「ワトソンさん……っ」

ホームズは小声で抗議したが、頭に置かれた手を振り払うことはなかった。

レストレードは少しだけ目を細めて二人を見たのち、息をひとつ吐いて微笑んだ。

「……分かったわ。日本行きが決まったら、あなたを同行者として申請する。許可がおりたら連絡するから」

「はいっ!」

ホームズの声には、はっきりとした力があった。

「まぁ、コイツは行くと決めたら許可なんか無くても行くけどな」ワトソンはニヤリと笑う。

「そんな事しません」ホームズは唇を尖らせた。

「早く資料室へ行きましょう、ワトソンさん」

「ハイハイ」

「ハイは一回ですよ」

「ハイハイ」

「…………」

言い合いながら資料室へと向かう二人の背中を、レストレードは苦笑しながら見送った。
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