嵐を呼ぶレディ
Nawe Change
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綾が大量の本を抱えて図書室から中庭を抜ける長い廊下を歩いていると、外から歓声が聞こえてきた。
立ち止まって耳を澄ますと、どうやら帆船の乗組員たちが野球に興じているらしい。やれ打てだの三振だのと、楽しげな声が聞こえてくる。
綾は軽く微笑んで、それからまた歩き出した。
「おいリョウ。お前ベースボールは知ってるか?」
その声に振り返ると、中庭から走ってきたらしいスケイディが、首にかけたタオルで汗を拭いながら近寄ってきた。
「バカにしないでよ。ルール位知ってるわ」
「よし、代打決定」
スケイディは綾の腕をつかむと、有無を言わさず中庭へ引っ張って行った。
「3対2で負けてる。金髪さんが同点のランナーでセカンドにいる。お前がホームランさえ打てばサヨナラだ」
「えぇっ⁉」綾は目を丸くして首を振った。
「そんなのムリ、ムリ! 何で私にそんな大役を任せるのよ⁉」
「他にメンバーがいないからさ! ドクターには参加してくれって前もって頼んどいたんだが、朝からどっか行っちまったみたいで……今ウィル・スタークが必死で探してるよ」
ウィルは帆船の乗組員の中でも最年少のメンバーだ。綾は小さなウィルがヒューを探して走り回っている姿を想像して苦笑した。
綾が中庭に姿を現すと、帆船のメンバーが怪訝そうな顔をした。スケイディがあわてて言い訳じみた事を叫んだ。
「どこにもいないんスよ、ドクターが! 仕方ないっしょ!」
相手のチームは綾が代打と知って勝利を確信したらしい。余裕の笑みを浮かべている。
「参考までに聞くけど」綾のためにヘルメットとバットを持ってきたケビンが言った。
「野球をやった事は……?」
「キックベースなら小学校でやったけど」
相手チームのベンチから聞こえる爆笑をよそに、綾はまじめな顔でバッターボックスに立ち、バットを構えた。
「そのスカートじゃ走りにくいだろう、お嬢さん」キャッチャーがからかう。
「滑り込む時はペチコートに気をつけろ」
「心配ご無用よ」
綾はにっこり笑って、ピッチャーが投げたボールを軽々とセンター前へ打ち返し、「回れ、回れ!」という仲間の叫びを無視してゆっくりとファーストのベースを踏んだ。
「走ったり滑り込んだりしなくても十分間に合うヒットを打てばいいんじゃない」
綾はすましてそう言うと、キャッチャーにウインクしてみせた。
見るとシルバーはサードで止まっている。次のバッターは代打の切り札(とスケイディが言っていた)ヒューバート・ナトリーだが、彼の姿はまだ見えない。
「さっさとドクターを見つけてこい、ウィル・スターク! 早くしねーと夕食のプディングは抜きだぞ!」
料理長が叫んだ。綾がシルバーを見ると、彼もヒューの所在は知らないらしく、肩をすくめて見せた。アンパイアが早くバッターをよこせと手を振って合図した。
「仕方ない。代打はあきらめて打順どおりアーネストに出てもらおう」
キースの言葉に、アーネストは不満顔で立ち上がった。
「なんだよ『仕方ない』って。俺だと敗北決定みたいな言い方だ」
そう言いながらもアーネスト自身、打てる気はしていなかった。この試合3打数ノーヒット。俺は野球よりサッカー向きなんだ、とアーネストは独りごちた。
その時、廊下の向こうから少年水兵に引っ張られるようにしてヒューがやってきた。
「まったく、どこにいってらしたんです? ずいぶん探したんですよ」ウィルは小走りになりながらヒューを中庭へせかしている。
「マダム・パオラの店まで探しに行ったんですから……いなかったけど」
「当たり前だ!」ヒューはやや顔を赤らめ、それから心外だという表情をして言った。
「何で僕がマダム・パオラの店にいると思ったんだ? ウィル?」
「さぁ、早く!」
ウィルはヒューの言葉を無視した。そしてケビンからヘルメットとバットを受け取ってヒューに手渡し、バッターボックスへと押しやった。
「マダム・パオラの店って……何?」
綾はファーストを守っていた敵方の選手に尋ねた。
「そ、その……レディにはお答えできません」
士官候補生らしい礼儀正しさで相手選手は答えた。綾はその言葉と態度から娼宿と見当がついた。
ケビンがベンチから離れ、先ほど綾に聞いた事をヒューにも尋ねた。
「ドクター、野球のご経験は……?」
「ない。ルールもわからない」ヒューは真顔で答え、ピッチャーを指さして言った。
「だけど、要はあいつが投げたボールをこのバットで打ちかえせばいいんだろう?」
全員あきれ返った。ウィルがあわてて頷いた。
「そうです、打ち返すんです! なるべく遠くへお願いしますね、ドクター!」
ヒューは頷くと、バットをぶらさげて自信ありげな表情でバッターボックスに入った。
沈黙が流れ、それから相手ベンチに冷笑が浮かんだ。
ヒューは片手でバットをぶら下げたまま、ピッチャーと向き合う形で立っていた。
「ドクター、構えて! バットを構えるんです!」綾はあわてて叫んだ。
「それじゃボールが飛んできてもすぐに打ち返せないでしょう⁉」
「あぁ……そうか」
ヒューは納得してうなずくと、バットを両手で握って振り上げた。
相手ベンチで爆笑が起こった。
ヒューはバットを正眼に構え、ピッチャーを睨みつけていた。
綾は頭を抱えた。
「ボールがきます!」
ウィルが叫び、綾は顔を上げた。
カーン。
ヒューが打ち返したボールは高く高く青い空に吸い込まれ、数秒の後、レフトの選手の十数メートル後ろに落下した。
全員がボールの描いた大きな放物線を眼で追い、信じられないといった表情をした。
「ホームランだ!」スケイディが両手をあげて叫び、隣に座っていたケビンに抱きついた。
シルバーがホームベースを踏み、続いて嬉しそうに両腕を広げて飛び込んできた綾をホームで受けとめて軽々と抱き上げた。ヒューはさも打って当然と表情を変えず、ゆっくりとベースを回ってホームインした。
大きな歓声と拍手がわき上がった。
立ち止まって耳を澄ますと、どうやら帆船の乗組員たちが野球に興じているらしい。やれ打てだの三振だのと、楽しげな声が聞こえてくる。
綾は軽く微笑んで、それからまた歩き出した。
「おいリョウ。お前ベースボールは知ってるか?」
その声に振り返ると、中庭から走ってきたらしいスケイディが、首にかけたタオルで汗を拭いながら近寄ってきた。
「バカにしないでよ。ルール位知ってるわ」
「よし、代打決定」
スケイディは綾の腕をつかむと、有無を言わさず中庭へ引っ張って行った。
「3対2で負けてる。金髪さんが同点のランナーでセカンドにいる。お前がホームランさえ打てばサヨナラだ」
「えぇっ⁉」綾は目を丸くして首を振った。
「そんなのムリ、ムリ! 何で私にそんな大役を任せるのよ⁉」
「他にメンバーがいないからさ! ドクターには参加してくれって前もって頼んどいたんだが、朝からどっか行っちまったみたいで……今ウィル・スタークが必死で探してるよ」
ウィルは帆船の乗組員の中でも最年少のメンバーだ。綾は小さなウィルがヒューを探して走り回っている姿を想像して苦笑した。
綾が中庭に姿を現すと、帆船のメンバーが怪訝そうな顔をした。スケイディがあわてて言い訳じみた事を叫んだ。
「どこにもいないんスよ、ドクターが! 仕方ないっしょ!」
相手のチームは綾が代打と知って勝利を確信したらしい。余裕の笑みを浮かべている。
「参考までに聞くけど」綾のためにヘルメットとバットを持ってきたケビンが言った。
「野球をやった事は……?」
「キックベースなら小学校でやったけど」
相手チームのベンチから聞こえる爆笑をよそに、綾はまじめな顔でバッターボックスに立ち、バットを構えた。
「そのスカートじゃ走りにくいだろう、お嬢さん」キャッチャーがからかう。
「滑り込む時はペチコートに気をつけろ」
「心配ご無用よ」
綾はにっこり笑って、ピッチャーが投げたボールを軽々とセンター前へ打ち返し、「回れ、回れ!」という仲間の叫びを無視してゆっくりとファーストのベースを踏んだ。
「走ったり滑り込んだりしなくても十分間に合うヒットを打てばいいんじゃない」
綾はすましてそう言うと、キャッチャーにウインクしてみせた。
見るとシルバーはサードで止まっている。次のバッターは代打の切り札(とスケイディが言っていた)ヒューバート・ナトリーだが、彼の姿はまだ見えない。
「さっさとドクターを見つけてこい、ウィル・スターク! 早くしねーと夕食のプディングは抜きだぞ!」
料理長が叫んだ。綾がシルバーを見ると、彼もヒューの所在は知らないらしく、肩をすくめて見せた。アンパイアが早くバッターをよこせと手を振って合図した。
「仕方ない。代打はあきらめて打順どおりアーネストに出てもらおう」
キースの言葉に、アーネストは不満顔で立ち上がった。
「なんだよ『仕方ない』って。俺だと敗北決定みたいな言い方だ」
そう言いながらもアーネスト自身、打てる気はしていなかった。この試合3打数ノーヒット。俺は野球よりサッカー向きなんだ、とアーネストは独りごちた。
その時、廊下の向こうから少年水兵に引っ張られるようにしてヒューがやってきた。
「まったく、どこにいってらしたんです? ずいぶん探したんですよ」ウィルは小走りになりながらヒューを中庭へせかしている。
「マダム・パオラの店まで探しに行ったんですから……いなかったけど」
「当たり前だ!」ヒューはやや顔を赤らめ、それから心外だという表情をして言った。
「何で僕がマダム・パオラの店にいると思ったんだ? ウィル?」
「さぁ、早く!」
ウィルはヒューの言葉を無視した。そしてケビンからヘルメットとバットを受け取ってヒューに手渡し、バッターボックスへと押しやった。
「マダム・パオラの店って……何?」
綾はファーストを守っていた敵方の選手に尋ねた。
「そ、その……レディにはお答えできません」
士官候補生らしい礼儀正しさで相手選手は答えた。綾はその言葉と態度から娼宿と見当がついた。
ケビンがベンチから離れ、先ほど綾に聞いた事をヒューにも尋ねた。
「ドクター、野球のご経験は……?」
「ない。ルールもわからない」ヒューは真顔で答え、ピッチャーを指さして言った。
「だけど、要はあいつが投げたボールをこのバットで打ちかえせばいいんだろう?」
全員あきれ返った。ウィルがあわてて頷いた。
「そうです、打ち返すんです! なるべく遠くへお願いしますね、ドクター!」
ヒューは頷くと、バットをぶらさげて自信ありげな表情でバッターボックスに入った。
沈黙が流れ、それから相手ベンチに冷笑が浮かんだ。
ヒューは片手でバットをぶら下げたまま、ピッチャーと向き合う形で立っていた。
「ドクター、構えて! バットを構えるんです!」綾はあわてて叫んだ。
「それじゃボールが飛んできてもすぐに打ち返せないでしょう⁉」
「あぁ……そうか」
ヒューは納得してうなずくと、バットを両手で握って振り上げた。
相手ベンチで爆笑が起こった。
ヒューはバットを正眼に構え、ピッチャーを睨みつけていた。
綾は頭を抱えた。
「ボールがきます!」
ウィルが叫び、綾は顔を上げた。
カーン。
ヒューが打ち返したボールは高く高く青い空に吸い込まれ、数秒の後、レフトの選手の十数メートル後ろに落下した。
全員がボールの描いた大きな放物線を眼で追い、信じられないといった表情をした。
「ホームランだ!」スケイディが両手をあげて叫び、隣に座っていたケビンに抱きついた。
シルバーがホームベースを踏み、続いて嬉しそうに両腕を広げて飛び込んできた綾をホームで受けとめて軽々と抱き上げた。ヒューはさも打って当然と表情を変えず、ゆっくりとベースを回ってホームインした。
大きな歓声と拍手がわき上がった。
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