目覚め
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ノワールさんが車を停めたのは、車道脇に設けられた小さな駐車場だった。奥には細い林道があり、ノワールさんはそこに向かって歩き出していた。
「ノワールさん、どこに……」
『どこに行くんですか』と聞こうとして、うっかり口を滑らせた。
慌てて口を噤んだけれど、もう遅い。
「ノワール?」
ノワールさんが怪訝な顔をして振り返った。
あぁ、もう。恥ずかしい。
「お名前を聞いてなかったので、勝手に『ルージュ』『ノワール』と……」
「赤と黒……スタンダールか」
私は小さく頷いた。
「俺は坊さんでもないし、ヒエラルキーを駆け上ろうなんて思っちゃいねぇよ」ノワールさんはそう言って私を見た。
「俺は次元大介だ。聞き覚えは?」
私は少し考えてから首を振った。
「すみません」
「謝るな」
「はい」
「ここはどこだと思う」
私は辺りを見回した。道路脇の小さな駐車場。でも、彼が求めているのはそんな答えじゃないだろう。
「……分かりません」
「だろうな」ノワールさん、否、次元さんは溜息をつく。
「すみま……いえ、あの」
「ま、黙ってついて来な」
ノワールさんは再び歩き出した。
緩やかな登り坂の林道の終わりには、半円状の見晴らし台が待っていた。
眼下に街並みが広がり、その延長線上には海が見える。そのどちらも、強い西日に照らされてオレンジ色に光っていた。
オレンジ色の空を、長く雲をひきながら飛行機が横切っていく。
「綺麗!」
展望台の先端まで駆けていって、手摺から身を乗り出すようにして海を見つめた。 海沿いの道に赤いテールランプが列をつくっている。 柔らかな潮風が上がってきて私を包む。
「素敵な所ですね」
「そうだな」
ノワールさんは私の隣に並び立ち、手摺りに背中を預けた。ジャケットの内ポケットを探っている。
「煙草、いいか」
「どうぞ」
小さくライターの音がして、独特の香りが漂い、風に流されていった。
「あの……普段の私は、どういう感じなんですか」
不意に口にしてから、言葉が軽率だったかもしれないと後悔した。けれど次元さんは、軽く眉を上げただけだった。
「どう、とは?」
煙草の煙が細く立ち上り、潮風に消えていく。
「ルージュさんは私のことを『優しい』って言ってました」
「優しい?」
「はい。あと、『意地が悪い』とも」
次元さんが笑った。
「ハハッ、目を覚ました時か」
「私、本当はそんなに性格良くないんですか?」
次元さんは真顔で「そうだな」と答えた。
「うわぁ……ショックだなぁ」
口を尖らせると、次元さんがふっと笑って煙草をくゆらせる。
「お前は優しいよ」
「……ありがとうございます」 嬉しいはずなのに、胸の奥がチクリと痛んだ。
「ただ、」次元さんの声が低くなった。
「?」
「時々、残酷だ」
残酷。その言葉の示す意味が分からなかった。
でも彼の顔を見た瞬間、言葉に詰まり、問いただすことができなかった。
「今……何て?」
私は聞こえなかったフリをした。
次元さんは短く息を吐いた。煙草の火を指先で弾いて消し、そのまま海に目を向ける。
「ルパンって言ったんだ」
声は平坦だった。けれど、海を見つめる横顔が、どこか苦いものを噛み締めているように見えた。
「ルージュはルパン三世。聞き覚えは?」
私も何事もなかった顔をして首を振った。
「……すみません」
「謝るな」
潮風が少し冷たくなっていた。西日に染められた水平線が、ゆっくりと夜の色に滲んでいく。
海の匂いに煙草の残り香が溶けて、どこか遠くへ流れていった。
「ノワールさん、どこに……」
『どこに行くんですか』と聞こうとして、うっかり口を滑らせた。
慌てて口を噤んだけれど、もう遅い。
「ノワール?」
ノワールさんが怪訝な顔をして振り返った。
あぁ、もう。恥ずかしい。
「お名前を聞いてなかったので、勝手に『ルージュ』『ノワール』と……」
「赤と黒……スタンダールか」
私は小さく頷いた。
「俺は坊さんでもないし、ヒエラルキーを駆け上ろうなんて思っちゃいねぇよ」ノワールさんはそう言って私を見た。
「俺は次元大介だ。聞き覚えは?」
私は少し考えてから首を振った。
「すみません」
「謝るな」
「はい」
「ここはどこだと思う」
私は辺りを見回した。道路脇の小さな駐車場。でも、彼が求めているのはそんな答えじゃないだろう。
「……分かりません」
「だろうな」ノワールさん、否、次元さんは溜息をつく。
「すみま……いえ、あの」
「ま、黙ってついて来な」
ノワールさんは再び歩き出した。
緩やかな登り坂の林道の終わりには、半円状の見晴らし台が待っていた。
眼下に街並みが広がり、その延長線上には海が見える。そのどちらも、強い西日に照らされてオレンジ色に光っていた。
オレンジ色の空を、長く雲をひきながら飛行機が横切っていく。
「綺麗!」
展望台の先端まで駆けていって、手摺から身を乗り出すようにして海を見つめた。 海沿いの道に赤いテールランプが列をつくっている。 柔らかな潮風が上がってきて私を包む。
「素敵な所ですね」
「そうだな」
ノワールさんは私の隣に並び立ち、手摺りに背中を預けた。ジャケットの内ポケットを探っている。
「煙草、いいか」
「どうぞ」
小さくライターの音がして、独特の香りが漂い、風に流されていった。
「あの……普段の私は、どういう感じなんですか」
不意に口にしてから、言葉が軽率だったかもしれないと後悔した。けれど次元さんは、軽く眉を上げただけだった。
「どう、とは?」
煙草の煙が細く立ち上り、潮風に消えていく。
「ルージュさんは私のことを『優しい』って言ってました」
「優しい?」
「はい。あと、『意地が悪い』とも」
次元さんが笑った。
「ハハッ、目を覚ました時か」
「私、本当はそんなに性格良くないんですか?」
次元さんは真顔で「そうだな」と答えた。
「うわぁ……ショックだなぁ」
口を尖らせると、次元さんがふっと笑って煙草をくゆらせる。
「お前は優しいよ」
「……ありがとうございます」 嬉しいはずなのに、胸の奥がチクリと痛んだ。
「ただ、」次元さんの声が低くなった。
「?」
「時々、残酷だ」
残酷。その言葉の示す意味が分からなかった。
でも彼の顔を見た瞬間、言葉に詰まり、問いただすことができなかった。
「今……何て?」
私は聞こえなかったフリをした。
次元さんは短く息を吐いた。煙草の火を指先で弾いて消し、そのまま海に目を向ける。
「ルパンって言ったんだ」
声は平坦だった。けれど、海を見つめる横顔が、どこか苦いものを噛み締めているように見えた。
「ルージュはルパン三世。聞き覚えは?」
私も何事もなかった顔をして首を振った。
「……すみません」
「謝るな」
潮風が少し冷たくなっていた。西日に染められた水平線が、ゆっくりと夜の色に滲んでいく。
海の匂いに煙草の残り香が溶けて、どこか遠くへ流れていった。