社会人現パロ



「愛してるゲームをしないと出られない部屋…?なんなんじゃ…これ……?」


 目を覚ますと、まず真っ白な天井が視界に入った。自室の天井はこんな目が覚めるような白色じゃなかったはずだと思いながら首を傾けると、そこには既に目を覚まして起き上がっている同居人の姿があった。グレーのスウェットに身を包んでいるが、その背中には「味わい」と書かれており、正面には「まろやかな」と達筆な字で書かれている。また変な服を買いやがってと思いながら身体を起こすと、彼女は目を輝かせてこちらに駆け寄ってくる。まるで飼い主を見つけた子犬のようだ。


「あっ、おはようございます伊東さん!」

「…うん、おはよう。……で、何なのこの部屋。模様替えでもした?」

「そうなんですよ〜!やっぱり白くした方が清潔感もあっていいかな〜って!……って、んなわけあるかい!!」

「お〜、見事なノリツッコミ」


 軽く手を叩いて賞賛しつつ、辺りを見回す。眩しいくらいに真っ白な部屋。真っ白なダブルベッドと真っ白なサイドボード。真っ白なテーブルに真っ白な冷蔵庫のようなもの。とにかく、全ての内装や家具が白色に統一されており、目がチカチカする。


「とりあえず、指定されたお題を達成しないと出られない部屋らしいですよ。コレは…“愛してるゲームをしないと出られない部屋”らしいので、今から私と愛してるゲームをしていただくことになります……」

「愛してるゲーム…?なにそれ。君は知ってるの?」


 軽く首を傾げると、彼女は得意げな顔をしながら右手の人差し指をピンと立てた。なんでも、一対一でする対話のゲームなのだという。片方がもう片方に向けて色んな形で「愛してる」と告げて相手の羞恥心を煽り、照れさせたら勝ちというものらしい。


「まあ、公式ルールとかは全く知らないですしこれも色んな作品を見て私が得た知識なので偏りとかはあるかもですけど!!」

「なるほどね〜。じゃあ、とりあえず僕らで愛してるって言い合えってこと?」

「そうなりますね!……えっ…?伊東さんが、私に愛してるって言うの…?か、解釈違いすぎない…!?」

(出た、この子のめんどくさいところ)


 土暮紡希つちくれつむぎという女は自己肯定感があまりにも低すぎる。そのため、他者から褒められても素直に受け止められなかったり、必要以上に自分を責めることもある。好意を持っている相手から好きだのなんだのと言われてもヘラりと愛想笑いで受け流すので、まともな人間関係を築けたことがないらしい。

 最初は自分も彼女に対して特別な感情は抱かなかったし、抱くつもりもなかった。ただ自分のことをやたらと慕ってくれる年下の女の子。くらいの認識だったのに、とことんまで付きまとってくる執念深さにこっちが根負けしてしまったのだ。まだ正式に交際はしてないが、彼女の生活力の無さにドン引きしながら同棲を持ちかけたのは、ほんの数ヶ月ほど前のことだ。


(僕が少しでも優しくすると「解釈違い!」って言って逃げちゃうんだから。……矯正するには丁度いいのかもね)


 彼女の自己肯定感の低さを改善し、自分が優しい言葉を捧げても拒絶しないように訓練する。そのいい機会だと思うことにして、ひとまず頭を抱える彼女を隣に座らせた。解釈違いだと唸る彼女の頭を軽く撫でてやって、背中に触れる。同棲し始めた頃はこういった軽いスキンシップすら取れなかったことを考えると、今はかなりマシになっているように思える。


「うう……愛してるなんて言えるわけないじゃん…私はここで死ぬ運命なのか……」

「こんなところで心中とか笑えないから。……ほら、項垂れてないでこっち向いて?」

「やだー!私に愛の言葉を囁く伊東さんとか解釈違いすぎるー!!ヤダーーーー!!」

「……はあ……ほんと、君って強情だよね。そういうところも嫌いじゃないけど」

「はいぃぃぃ!?」


 頬を真っ赤に染めて飛び跳ねる彼女の挙動に思わず吹き出してしまう。そこまで驚かなくてもいいのに。嫌いじゃないと言っただけでここまでの反応をするなら、それ以上の言葉を捧げたらどんな風になるのだろうか。そんな興味本位で、逃げ腰の紡希の腕を掴んで逃げられないようにする。


「ねぇ、紡希ちゃん」

「ちゃ、ちゃん!?」

「名前で呼ぶことも少ないもんね。……ねえ、君は僕のどんなところが好きなの?いっつも好きって言ってくれるけど、具体的に教えてよ」

「びゃーーーーっ!?そ、そんな……急に、言われても…」

「ねぇ、早く言って?僕のどこが好きなの?」


 真っ赤な顔で狼狽えて、視線を泳がせながら必死に言葉を選んでいる彼女が、どうしようもなく可愛く見えてしまう。唇を動かしては閉じて、下がり眉でこちらと視線を合わせないようにしながら、瞳を潤ませる。素直な感情を吐き出そうとすると泣きそうになるというのは彼女の性質らしい。落ち着かせるためにも背中をさすってやると、ようやく覚悟を決めたらしい。菖蒲色の瞳をこちらに向けると、小さく息を吸って呼吸を整えている。


「あ、あなたの…好きなところは…たくさん、あります……」

「たくさん?」

「は、はい!……言語化させるのは難しい、ですけど……やっぱり優しいところがなによりも大好きです。口ぶりとか顔は…アレですけど、貴方のその心が…清らかで優しい心が、何よりも尊いなって思うんです」

「………………」

「私なんかにも優しくしてくれるし……こうやって背中をすって落ち着かせてくれる。さり気ない気遣いができるところとか、お年寄りにも小さな子どもにも優しいじゃないですか!ファミレスとかコンビニの店員さんとか…!そういう、当たり前の優しさを持っているところも…その……大好きです!!」

「っ……」


 いつも「好き」と言ってくるが、今回の「好き」の威力はその比じゃない。当たり前と思ってしてきた行動を、彼女はそんなふうに見ていてくれたのか。衝撃が凄くて、顔に熱が集まるのを感じる。心拍数もいつもより早くなり、いたたまれなくなって目を逸らしてしまう。


「じゃ、じゃあ……つぎ……伊東さんの番、ですね…。交互にやっていかないと、たぶん……出られないので……」

「……はあ…………そうだね」

 愛してると告げるだけでいいのは理解している。そもそもこのゲームは「愛してる」という言葉で相手を照れさせるだけの簡単な内容のはずなんだ。なのに、どうして自分はこんなに頭を悩ませているのだろうか。

 そもそも、こんな非現実な出来事が突然起こるとは考えられない。これは自分が見ている夢なのかもしれない。そう思うことにして、自分なりに覚悟を決める。


(……夢だったら…少しくらいは素直になってもいいよね)


 そんな現実逃避をしながら、縮こまって小刻みに震える紡希に触れる。髪の毛で隠れている赤くなった耳を軽く撫でてから、ゆっくりと唇を開く。


「……ねぇ、好きだよ」

「へァッ…!?」

「好き……うん。僕は君のことが好き。……じゃなかったら同棲なんて持ちかけないし、優しくもしない。……君が嫌がるから、普段はこんなこと絶対に言わないけど……それでも、こうやって…特別扱いもしたいんだよ」

「と、くべつ……あつかい…?」

「当たり前じゃん。……僕のことを心から好きでいてくれる子に報いたくなるのは男として当然の心理じゃない?君は自分の好意を押し付けることはしないし、他人のために行動することができる。自己犠牲ってほどではないけど、自分の時間を削って他人の尻拭いをしたりとか…よくできるよね」

「あ……え……?」

「僕のことを優しいって言ってるけど、君も充分優しいよ。自信を持て、なんて無責任なことは言わないよ。でも、僕は君のことが好きだから。好きになっちゃったから。……だから、これ以上自分で自分を追い詰めるようなことはやめてね」


 目を見開いてこちらを見上げてくる彼女の顔を見ていると、胸の奥がぎゅうっと締め付けられる。愛おしさのあまりに息が詰まって苦しくなる。


「は、ひっ……な、なん…で……」

「……愛してるなんて、簡単に言うだけじゃつまらないでしょ?だったら自分の素直な気持ちを言った方がいいかなーって」

「す、素直な…きもち……?」

「そう。……僕らはまだ、愛してるって言い合えるような関係じゃない。……でも、好きって言い合える関係ではあるでしょ?」


 自分よりも小さくて柔らかな手を取って指を絡めて握る。握力もなくて子どものような手のひらはこちらが思っている以上に温かくて、その温もりに知らず知らずのうちに絆されてしまったのだと思い知らされる。


「僕は君のことが好き。……これは紛れもない事実だし、君だって僕のことが狂おしいほどに好きなんでしょ?……よかったね、僕達両思いだよ」

「っ……そ、んな…こと……あるんですか…?だって、わたしの……一方通行だって…」

「それは君が思い込んでただけでしょ?僕の気持ちを勝手に決めつけないで。……僕だって、人間だよ?心の底から好きって何度も言われたら絆されるんだって」


 そう告げれば、彼女は息を飲んでこちらを見つめ、そしてその双眸から大きな雫を零した。ポロポロと溢れんばかりの涙を拭ってやって、自分よりも小さな背中を撫でてやる。


「だっ、てぇ…!あなたが、わたしの…ことっ…!好きとか、しんじ…られないよぉ…っ!!わたし、バカだし……だめな、にんげん…だからぁっ!!」

「欠点があるくらいの方が可愛いよ。完璧な人間なんてこの世にはいない。僕にだって、ダメなところくらいあるでしょ?」

「あなたの欠点は!それも魅力のひとつなんです!!あなたが、服部さんや藤堂さんたちに慕われてるのが…その証拠です!!でもわたしは……!!」

「君の欠点だって、魅力のひとつじゃないの?……そうやって自己肯定感が低いのは…救いようがないけど……自分に厳しいってことは、それだけ向上心があるってことなんだから。……君だけがダメなんてことはない。君も他の人たちも、皆同じように偉くて、皆同じようにダメなところがある。……だから、そこまで自分のことを嫌いにならないであげて?」


 なにより、自らを蔑む彼女なんてこれ以上見ていられない。夢の中だとしたら尚更だ。腕の中で小さく震える彼女を優しく、優しく抱きしめて、彼女が本当に望む言葉を紡いで、伝える。


「好きだよ、紡希ちゃん。……僕のことを好きでいてくれる君が好き。僕に盲目的過ぎるところは心配しちゃうけど、それでも悪い気はしない。……僕のこの気持ちを受け止めてくれるかどうかは……君次第だけど。でも受け入れてくれたら嬉しいって思うよ」


 好きだと伝える度に、腕の中の紡希が大袈裟に身体を震わせるのを感じる。涙を流しながら自分の囁く愛の言葉に反応する彼女が、なんだかとてつもなく可愛く見えるような気がする。素直になると、こんなにも見え方が変わってくるのか。今まで堰き止めていた何かがぶわりと溢れて、止められそうにない。


「あ゙、あ……!!わたしも……好きで、いて…いいんですか……?めいわく、じゃ……ないんですか……?」

「相思相愛の方が良いでしょ?物語は何でもかんでもハッピーエンドの方がいい。バッドエンドよりもハッピーエンドの方が好きだってこの前言ってたよね?」

「それは、そう…ですけどっ……」

「だから、いいよ。今まで君は僕に色々尽くしてくれた。なら、今度は僕が君に尽くすよ。……そうすれば、君は頷いてくれる?」

「わか、んないです……っ!!そんなの、わからないよ…」


 当初の目的なんて忘れて、こちらの胸に顔を埋めて泣きじゃくる紡希の背を撫でる。ある程度泣き疲れたのか、小さな両手で顔を覆って離れようとする彼女にティッシュを手渡す。近くに箱ティッシュがあるなんて随分と用意が良いなと思いながら慌てたように顔をティッシュで拭う彼女を見つめた。


「う、ぅ……こんな、泣くなんて…想定外です……めんどくさい女でごめんなさい……」

「涙を流せるのは心が綺麗な証拠だよ。君は涙で感情を制御するタイプなんだから、泣くことを我慢しなくていい」

「な、なんで……なんでそんなに優しいんですか〜!?これ以上好きになったら……こまるよ……」

「好きになってくれないとコッチが困るんだけどね……まあいいや。とりあえずドア開いてるか確認するから、少し休んでていいよ」


 そう声をかけてからベッドから降りて、真っ白なドアに向かって足を進める。鍵は開いているようで、今すぐにでもここから脱出できるらしい。


(なら、早く出ないと。こんなところに長く居続けたらどうなるかわからないし……)

「ドア開いたよ。ほら、こっちにおいで?早く戻って朝ごはん食べなきゃ」

「そういえば、まだご飯食べてなかった!お腹すきました!!」

「うわー、すごい切り替え方。さっきまでワンワン泣いてたとは思えないくらいハキハキしてる」

「えへへ、それほどでも〜」

「褒めてないからね〜?……全く…。ほら、手掴まって?一緒に行くよ」


 色白で一回り小さな手を握る。おずおずと弱い力で握り返してくるのが愛おしくて、末期だなぁと思いながら足を進める。自分の気持ちに素直になって、彼女のことを好きだと自覚するだけでこんなにも楽になるんだと、新しい発見に口元を緩めながら光の方に向かって歩き続けた。







「ふあ……ぁ……よく寝た〜……」

(なんか変な夢見たような気がするけど…気のせいだよね〜…)


 瞼を開けて、大きなあくびをしながら起き上がろうとする。だが何かに阻まれて動けず、紡希は首を傾げた。


「おはよう、ねぼすけさん。よく寝れた?」

「え?……ぎゃあ!?伊東さんの顔面が近くに!!イヤァ!!」

「なにそれ新手の嫌がらせ?流石の僕でも普通に傷つくけど」

「ち、違くて〜!!って、なんで一緒に寝てるんですか!?ここ私のベッド……じゃなーい!?なんで私伊東さんのベッドで寝てるの!?なんで!?」

「寝ぼけた君がベッドに潜り込んできたんでしょ?まあ、別に僕は何も困らないからいいんだけど」

「うぇ……ご迷惑をおかけして大変申し訳ございません……この詫びは、いつか、かならず……!」

「このくらい気にしなくていいのに」


 隣で寝転ぶ伊東の存在に紡希は心臓が飛び出そうになるくらい驚き、そして動揺する。間近に好きな人の顔があったら誰でも驚くだろう。

 深呼吸をして荒ぶる心を落ち着かせる。三回ほど息を吸って、吐いてー……と繰り返しているうちに、冷静になった頭が夢の中の出来事を鮮明に思い返してしまう。いや、どうして。なんで。そんな自分に都合のいい幻覚を見ているんだ自分は!?情けなくてたまらないが、いつにも増して穏やかな顔でこちらを見つめてくる伊東の存在が気になって思考に集中できない。


「あ、の……伊東さん…」

「な〜に?愛してるゲームの続きでもする?」
「ぎゃあ!?やっぱり夢じゃなかったんだアレ!!幻覚でもない!!」

「ははは、動揺しすぎじゃない?なんならホントに愛してるって言ってあげようか?」

「嫌ですー!!それは!!嫌です!!ほんとに!!耐えられない!!」


 全力で拒絶すれば、伊東は分かりやすく顔を顰める。いつもなら苦笑するだけなのに、どうしてここまで露骨に嫌そうな顔をするのだろう。彼の考えていることが分からず唇を尖らせていると、伊東の手がおもむろに紡希の頬に触れてきた。


「あのさぁ〜、あの白い部屋の出来事が夢じゃないんなら、僕が君のこと好きってことも君は理解してるってことだよね〜?」

「う、……でも…信じられなくて……」

「僕のことが信じられないの?」

「い、いや!そうじゃなくて!!あなたほどのひとが、私なんかのことを…好きになる…なんて……それこそ夢見たいだなって…」

「夢じゃないんだって。……理解してくれるようになるまで、僕はどれだけ君に好きって伝えればいいの?君が認めてくれるまで、僕は惨めに君に告白し続けることになるんだけど」

「えぇっ!?な、なんでそんなことに!?わ、私の片思いでいいのに……!」


 ああ、全く。信じられない出来事だらけで頭が追いつかない。自分が尊敬して、心の底から大好きだと思っている相手から好意を向けられるなんて思ってもみなくて、ちょっと擽ったいような気がする。嬉しい…嬉しく思えるが、それでもやはり恥ずかしいという気持ちの方が上回っているようだ。


「君だけ逃げるなんて許さないよ。僕をこんな風に変えたのは他でもない君なんだから。……ね?」

「あ゙、ぐ……責任…取れってことですか…?」

「そーゆーこと。僕をおかしくさせた責任、取ってよね?」


 目を細めながらそう言う伊東に、心臓がギュウッと締め付けられる。あまりにも、顔が好きだ。彼という存在が好きだ。それを実感して、今までにも抱いたことの無いような、ふわふわとした感覚にソワソワして落ち着かなくなる。未だに頬を撫でてくる手に、自分の手を重ねる。手を重ねるだけでもわかる体格差に一人で勝手に悶絶してしまう。嗚呼、やっぱり自分はこの人のことが好きなんだ。心から、そう思える。


「責任……がんばって、取ります……!!」

「!!……うん、頑張ってね」


 そんな好きな人から求められているのなら、自分も心を開かねばならない。そんな決意を抱いて、今まで踏み出したことの無い一歩を、勇気をだして踏み出した。


 結局愛してるゲームって何だったんだ?というのは置いておいて。
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