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生前パロ本編


「お邪魔しまーす。……うわぁ〜、噂では聞いてたけど居心地良さそうな良いお店だね〜」

「い、いらっしゃいませ〜…!!ど、どうぞ、くつろいでいってくだひゃい!!」


 緊張しすぎて噛んでしまった。なんという失態、なんという恥さらし!!穴があったら今すぐにでも入りたいと震えながら、顔を赤く染めながら紡希は奥の席に恩人を案内した。


 遡ること、半刻ほど前。また三木みつきからの頼みごとで出かけていた紡希は見事に酔っ払いに絡まれて困り果てていた。通行人は「触らぬ神に祟りなし」と言わんばかりに素通りし、距離を取られていたため助けも求められなかった。腕を掴まれ、共に酒でも飲もうじゃないかと臭い息を吐きながらそう言ってくる男に嫌悪感を抱いていた時、背後から聞き覚えのある声がかけられたのだ。


「あれ?君…確かこの前の子だよね?」

「あっ…!貴方は、あの時の!!」


 振り返れば、そこには蕎麦屋での騒動を丸く収めた功労者が立っていた。本を三冊ほど抱えており、彼もまた買い出しの途中なのかと推測する。厄介な場面で再会してしまったことを悔やみながら、紡希は名前も知らない恩人に軽く会釈をして、変わらず絡み続けてくる男を見上げた。

どいつもこいつも、絡んでくる奴はみんな図体がデカい。顔も肉体も好みの範疇だが、酒臭いのだけは勘弁してほしい。素面だったら相手をしてやってもよかったのだが……なんて考えていると、いつの間にか酔っ払いは地面に転がっており、肩を優しく抱き寄せられた。


「……えっ!?」


 一体何が、起きたのだろうか。瞬きを繰り返しながら地面に横たわる酔っ払いを見下して、唇を震わせる。


「君も災難だねぇ。また厄介な人に絡まれちゃって。可哀想に」


 耳元で聞こえる恩人の声に、紡希は大袈裟なくらい肩を震わせて、反射的に彼の腕から逃げ出した。心の準備もできてないのに、異性とあんなに密着するなんて考えられない!バクバクと早まる心臓と、じわじわと熱くなっていく顔に嫌気が差すが、助けてくれたことに代わりはない。目に見えた拒絶をしたことで目を見開いて驚く彼の目の前で、紡希は勢いよく頭を下げた。


「こ、今回も助けていただき、本当にありがとうございます!本当に、な、なんてお礼を言っていいのやら…!」

「ああ、気にしないで?男が女性を守るのは当然でしょ。…それで、君はおつかいかな?」

「は、はい!そうなんです!お店に飾る錦絵を買ってこい!って言われまして〜…なんとか買えたんですけど……さっきのやり取り中にお腹が空いちゃって……えへへ…」

「そ、そうなんだ…。よければ、なにかご馳走してあげようか?」

「ヒェアッ!?」

「え、何その声」


 とんでもない提案をしてくる男にとんでもない悲鳴で返事を返してしまった。怪訝そうな顔でこちらを見つめてくる恩人に、紡希は冷や汗をかきながら視線を泳がせ、そして自らの帰り道の方向を指し示しながら、声を張った。


「う、うちの店で恩返しさせてください!!どうせ帰ったら軽く食べるつもりだったので!貴方も一服していってはいかがでしょうか!!お代はいただきませんので…!!」

「恩返し…?……そういえば、君は…三木みつきさんのところの……。ああ、なるほど。合点がいったよ」


 顎をその細い指先で撫でつけると、男は糸目を更に細めて微笑む。美形はどんな顔でもイケてるなと思いながら見つめていると、顎に添えられていた手がこちらに差し伸べられた。その意図が読めず固まっていると、上から乾いた笑い声が落ちてきた。


「ははは、そんなに困らないで?…三木さんのお店に案内してくれるかな?お転婆なお嬢さん?」

「へ?ぁっ……ひゃ、はいっ!!謹んで、その任をお受けいたします!!」

「ぷっ、ははは!!そんなに畏まらないでよ!調子狂うなぁ〜」


 ふにゃりとしたその笑顔は、今までに見てきた作り物の笑みではなく心からの笑顔なのだと本能的に悟った。そして、そのあまりにも「可愛らしい」笑顔に、紡希の心臓がドックン!と強く鼓動した。

 明らかに何歳も年上の男性に抱いていい感情ではない。これは、きっと何かの間違いだろう。そう思うことにして、差し出された手を取る……ことはせず、軽く頭を下げてから、自らの活動拠点に案内することにした。


「…─────────────────────」

「あぇ…?なにか、言いました…?」

「う〜ん?僕の手を無視されたのが悲しいなぁ〜って言ったんだよ。つれないねぇ?」

「なっ…!?い、いや!その…!交際もしていない男女があまり触れ合うのは、良くないことですから!!」

「あはは、それはそうだね。君が正しいよ」


 男が何を言っていたのか聞き取れなかったが、それでも今の発言を聞き逃していたわけではない。…この男は自分に何かを隠している。そんなことを確信しながら、紡希は気持ち急ぎながら帰路についたのだった。



「…なぁ〜んだ。引っかからないんだね、君」



 その声は、誰にも届かず喧騒の中に消えていった。





(事の経緯は、とりあえずこんな感じだったよね…!!とにかく、粗相のないようにしないと!!)


 まだ名前は知らないが、それでも恩人は恩人だ。丁寧にもてなして、二回分の恩返しをする。それが今の紡希に課せられた使命だ。


「お、おまたせしました!こちら玉露の…っぉ、あああっ!?」

「っ、危ない!!」

「う、うぅっ…ご、ごめんなさぁいっ!!」


「先程は大変失礼いたしました。こちらは当店自慢の三色団子になりま…ぁっ……」

「……落ちちゃったね。机に」

「た、大変申し訳ございませんんんんっっっっ!!作り直してきます!!」


 ……だが、紡希は緊張しすぎると普段の接客ができなくなってしまうのだ。男の前ですっ転んで熱々の茶を畳の上にぶちまけたり、せっかくの団子を机の上に落としてしまったりと…それはもう、盛大に失敗を重ねてしまった。いつもは、もっとまともな接客ができるというのに。なぜこんなにも空回りしてしまうのだろうか。こんなことでは、彼に“嫌われてしまう”だろう。それだけは、どうしても避けた────……い、のか…?本当に…?

 ほぼ初対面の人間を相手に、そこまで本気で付き合ったことがない紡希にとって、この恩人との距離感は掴みかねている。ひとまず、気を取り直して新しい茶と団子を差し出せば、彼は穏やかに微笑んだ。


「はい、よくできました」


 パチパチとわざとらしく拍手をして紡希の接客を称えてくる恩人に、少しムッとしてしまう。とはいえ、やらかしてしまったことに対して一切怒らず、こちらが提供するのを根気強く待ってくれたのは単純に「やさしい」と言えるだろう。この男は、見かけによらず温和で優しい人なのだ。と、本能がそう囁いてくる。


「それにしても、この湯呑みはすごいね。さっき君が落としたやつと素材は同じなんでしょ?ただの湯呑みじゃないみたい…。この陶器、もしかして素材が違うのかな」

「あ、わかりますか!?三木さんが陶器とかそういうのを集めるのが趣味らしくて〜…これも、わざわざ行商人の方に頼み込んで取り寄せてもらったんですよ!!その名も、備前焼!!」

「へぇ〜、備前焼かぁ。聞いたことあるよ。確か最も古い陶器なんだっけ?備前で作られているから備前焼…って名前なんだっけ。流石に専門外だから詳しくはないけど、綺麗だよね〜」

「最も古い陶器なんですか…!?えっ、いつからあるものなんだろ……」

「ず〜っと昔らしいよ。それこそ、あの織田信長とかが生きてた時代とかね」

「お、織田…信長……?」


 首を傾げて聞き返せば、男は目を見開いて硬直した。生まれてから、勉学というものを学んだことがないのだ。織田信長…というのも、どこかで聞いたことがある名前。という認識でしかない。すると彼は小さく笑いながら、備前焼の湯呑みに指を這わせた。


「そういえば、君はよく面倒事に巻き込まれるんだね。近所の人たちからもよく言われるでしょ。災のもと…とかね」

「っ…!?そ、れ……なんで、知って…」

「僕は耳がいいからね。……君は身の丈に合わない正義感を持っている。だからこそ、面倒事に巻き込まれる。そうでしょ?」


 こちらの素性を全て知っているかのような、そんな声。そんな顔。端正な顔だからこそ、余計に怪しく見えてしまう。余計に恐ろしく思えてしまう。自分は、とんでもない人と関わってしまったんじゃないかと、本能が怯えたように警告してくる。これ以上は、関わらないほうがいい。もう普通の接客に戻ったほうがいいと。


(でも……)


 “身の丈に合わない正義感を持っている”という彼の言葉は、紡希にグサリと突き刺さった。それは、誰よりも紡希が一番理解していることだ。悪人は許せないし、弱々しく見えるからこそ厄介な人に絡まれてしまう。自分には脅威に立ち向かえる勇気も、力も、知恵もない。彼はそれを見抜いているのだ。たった数回、少しのやり取りだけで紡希のすべてを理解してきたのだ。

 それは恐ろしいことだ。彼は相当頭がいいのだろう。そして何より人間というものを“信用していない”のだろう。…これはあくまでもただの直感だが、それでもそう感じてしまう。

 だから、離れよう。危ないことに首を突っ込むのは、もうやめたほうがいい。死んだっていいなんて口にするのは簡単だが…それでも死ぬのは怖いし、痛いのもいやだ。彼と関わったら何か、自分の何かが大きく変わってしまうような気がして怖い。


「ねぇ、君」

「…え…?」


 ぐるぐると考え込んでいるその最中、彼の声が真っ直ぐに頭に響いた。がんじがらめになっていた思考が一気に晴れるような、そんな感覚。ソレを不思議に思っていると彼は目を細めてコチラを見つめてきた。


「考え込んでるところ悪いけど…他にもお客さん来てるみたいだよ。相手しなくていいの?」

「え!?あ、やばっ!!行かなきゃ!!」

「ははは、忙しいね〜。まあ、落ち着くまでここにいてあげるから、頑張ってね」


 胡散臭い笑みを浮かべて他人事のようにひらりと手を振る男に、紡希は頬を膨らませる。あなたのせいで、思考がめちゃくちゃになってるというのに!という怒りとも言えない感情をぶつけたくなったが、それよりも今は接客が優先だ。客商売は人との繋がり…縁が最も大事な要素であり、それを疎かにしてはいけない。誰かに教わったわけではないが、自然と身についている教養だ。


(よーし…!とにかく、頑張るぞー!!)


 声に出さないが、それでも拳を握って軽く頷く。いつも通りの自分で、いつも通りの丁寧な接客をすればいい。大丈夫、大きな失敗をしなければ絶対に大丈夫だから。そう自分に言い聞かせながら、紡希はのれんをくぐる男女に「いらっしゃいませ」と声をかけた。


 その背中を、名も知らぬ恩人に見られていることなど気にもせず。






「うひぃ〜…つ、疲れちゃった…」

「体力無いねぇ。日頃から運動とかしてるの?」

「し、してる余裕とか…ないですから…」

「ふぅん?…ま、それは別にいいんだけどね。あ、お茶のおかわりもらってもいい?」


 数刻もの間居座り続けている恩人にそう頼まれ、紡希は渋々頷いて新しい茶を用意する。三木から少し休んでいいよと言われていたのだが、この調子では彼の相手をしている間にまた仕事に戻らねばならない。


(まあ、別にいいか。…というか、いつまでいるんだろ、このひと…)


 自分が誘ったというのはあるが、彼は張り付けたような笑みでコチラの様子を観察しており、時々コチラを穴が開くほど見つめてくるのだ。単純に自分の働きぶりを見ているのかと思ったのだが、自分の直感は「それだけじゃない」と言ってくる。…まあ、どちらにせよあまり関係はないのだが。


「はい、おかわりですよ」

「うん、ありがとう。……ふぅ…君の淹れるお茶は美味しいね。温度も丁度いいし、味も格別だ」

「そ、そうですか?えへへ……褒められるのは、嬉しいです」

「でも、ちょっと……いや、かなり不器用だよね。君は」

「え…?」

「ず〜っと君の働きぶりを観察してたけど……基本的な動きは完璧にこなせてると言っても過言じゃない。常連の人から新規の人まで、色んな人の気持ちに寄り添って、一人一人に向き合った接客をしている。それは評価できるところだ。でも、それだけじゃ完璧な接客とは言えないよね?」


 口元は微笑んでいるというのに、その目は笑ってない。こんな小娘一人に対して、この男はそれだけ真剣に向き合っているということ…なのだろうか。紡希は唇を閉じて、男からの言葉を待った。


「完璧な接客は、不測の事態にも柔軟に対応できるようになること。お客さんのお勘定が足りないってなった時、君は慌てたよね?ああどうしよう。他にも並んでる人がいるのに、こんなところで手間取ってる場合じゃない。とか…ね?」

「っ…!?」

「三木さんが手助けをしてくれなかったら、君はしばらく混乱してただろうね。…臨機応変に行動できない。それは君の弱点だ。極度の緊張状態で活動することができない。……それは、非常に勿体ないよ」


 こちらを真っ直ぐに見つめてくる彼の眼差しは、何を考えているのか理解できない。なにか、試されているような気がして……緊張、してしまう。


「その上で、君に聞きたいことがある」

「……なんでしょうか」

「君には、やりたいことはある?」

「や、やりたいこと…ですか?」

「君は不相応な正義感を持っている。でも、もしその正義感を正しく扱えるようになったら…何をしたい?それを聞きたい」


 自分が持っている、ありきたりな“正義感”。それを正しく扱えるようになったらどうしたいか。……そんなの、わかりきっている。


「……私は、悪人を咎めるほどの力はありません。持ったとしても、糾弾できる力は得られないと思います」

「……で?」

「だからこそ、私は虐げられている人たちを助けたい。守りたいんです。それだけの力を持てるとしたら……私は、誰かを守りたい。守られるだけの存在に…なりたくないんです」


 素直な思いを告げると彼はほんの少しだけ目を見開いて、そして口元を緩めた。


「そっか。……意外だなぁ」


 たった一言。彼はそう答えると湯のみに口をつけて、中の茶を全て飲み干した。もうこれ以上語らうことないと言いたげに、懐から数銭を取り出しながら。


「それじゃあ、僕はこのへんで。あんまり遅いと皆が心配しちゃうからさ」

「あっ、お見送りします!というかお代は要りませんよ!お礼なんですから!」

「ふふ、別にいいよ。楽しませてもらったからね。これは君への報奨だ。受け取ってくれるよね?」

「えっ、えぇ……?」


 本来のお勘定よりも少しだけ多めの金を握らされ、言葉も出なくなってしまう。この男の考えていることがひとつとして読めない。人の顔色を窺うのは得意だったはずなのに、何も見えない。わからないのだ。それが恐ろしくも思うし、同時に気になってしまう。彼という一人の人間が抱えている思想、正義。その全てを。




「じゃあね。また絡まれてたら助けてあげるよ」

「い、いいです!今度はちゃんと自分で切り抜けますから!」

「そう?なら見物してよっかな。君がどうやって暴漢に立ち向かうのか気になるし」

「む、むむ……なんか、面白がってません?」

「まさか。大真面目だよ?」


 笑みを消して、彼はこちらを静かに見下ろしてくる。外の風が少し冷たくて、ぶるりと身震いしてしまった。


「君は、誰かを守りたいって……そう言っていたね。その言葉に偽りはない?」

「それはもちろんです!!」

「そっか。それはいい心がけだ。……強さとは、武力だけじゃない。学問も必要だし、心も強くあらねばならない。それは、理解してるよね?」

「も、もちろん…です!一筋縄じゃいかないことは、わかってます…。だから、私には……難しいってことも…」

「だからって、諦めていいの?」


 その言葉を聞いて、弾けるように顔を上げた。憂うような表情で、コチラの本心を引き出そうとしてくる男に、紡希は拳を震わせた。
 そんなの…諦めたくない。諦めたくないに決まってる。だが、それでも自分には才能がない。努力するための環境がない。見守ってくれる人がいない。未熟な生物は、一人で立ち上がることはできないのだ。だから、最初から諦めていた。


「諦めたら…それが一番楽だと思います。…でも、それでも私は……あきらめ…たくないです…!でも、私は……ただの、女だし…」

「女の子だろうと、剣を取っていいし勉学に励んでいい。僕はそう思ってるよ。外野の声を気にしてるなら、そんなものは今すぐ頭から消したほうがいい。君の成長の妨害にしかならないからね」

「で、でも…どうやって……」

「君が望むなら、僕の道場に来るといい。ほら、伊東道場ってあるでしょ?あそこがうちの道場だから」

「え!?そうなんですか!?ってことは、貴方があの噂の…伊東甲子太郎さんなんですか!?」

「はは、いい反応するね〜。噂が何なのか知らないけど、まあいいや。興味ないし。……君が強くなりたいなら、うちの門をくぐればいい。君の道はほかでもない君自身が選び取るためのものだ」


 僕は君を応援するよ。そう言い残して、彼は踵を返した。遠くなっていく背中を見送りながら、放心しながら、慌てたように頭を下げる。伊東甲子太郎。その名前を忘れることはないだろう。


(私も、いつか……あんなふうに…)


 あの人みたいに、堂々としていたい。強くなりたい。賢くありたい。…そんな野望が芽生えてしまった。叶いもしない願望が、欲望が溢れてしまった。


「伊東…甲子太郎さん…」


 小さくなっていく背中を、見えなくなるまで見送った。心の中に芽生えた新しい目標を大事に大事に抱えながら。







土暮紡希つちくれつむぎ…か。あの子、本当に変わってるよね」

「変わっていると申しますと?」

「服部君も見てたでしょ?あの子、女性とは思えないくらい意思が強い。人間を性別という観点で区別していないんだ。男はこうするべき、女はこうあるべきという考えを持っていない。人間であるなら、正しい行いをするべし。その思考が、興味深くてね」


 暗闇に溶け込む巨漢に、自らの考えを垂れ流すように聞かせる。彼はその言葉を全て受け止め、そして飲み込む。その素直さと生真面目さは、かなりのお気に入りだ。


「…やはり彼女を、ただの小娘だと断言するのは違いますね」

「そうそう。面白いよね。……うちの道場に来てくれると思う?」

「あの行動力ならば、確実に来るでしょう。出迎える準備もできていますし、そうなったら直ぐに受け入れますか?」

「いや、まさか。…女の子が僕らについてこれるはずがない。それに、口先だけのボンクラかもしれない。だから軽い“テスト”をしてあげようと思ってね」

「てすと……ああ、試験のことですね」

「そうそう。…あの子がそれについてこれるなら、入門してもいいってことにする。ついてこれないなら……一生、理想と現実の乖離に苦しめばいい」


 君もそう思うでしょ?と巨漢であるはずなのに存在感を消すのが上手すぎる彼に同意を求める。だが彼は首を横に振り、そして地面を見つめた。


「お言葉ですが、それは流石に性急すぎかと。彼女は未成熟な女性です」

「だからこそ、じゃない?未成熟だからこそ、僕の手で完成させる。それに、あの子は試す価値がある。あの子ならきっと、僕が出すテストを乗り越えてくる。そんな気がしてるんだよね」


 顎をなでつけながらそう言うと、服部は押し黙った。面によって隠されている顔は、何かもの言いたげだったが伊東がそれを知ることはない。


(合理的な貴方らしからぬ判断だ。……彼女は、一体何者なのだ…?)


 服部は眉間にしわを寄せながらそう考え、考え込んでから一旦その思考を放棄することにした。考えてもわからないことは、考えないほうがいい。それは時間の無駄なんだと教えてくれたのは目の前の「先生」なのだから。

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