生前パロ


「伊東先生は、正しい死に方ってなんだと思いますか?」
「え。なに、急に。正しい死に方?」

 新選組が屯所を移転してから半年が経ったある日のこと。珍しく非番となり、与えられた一人部屋でゆっくり読書でもしようかと思っていた矢先に、厄介な人物に絡まれてしまった。己のことを「先生」と呼び慕ってくる目の前の若造は土暮紡希と言い、頭が良いのか悪いのかイマイチ判別できない不思議な人間だ。
 性別はあの一番隊隊長である沖田総司と同じ女性とのことだが、彼女と違ってこの若造は何の才能も無く勉学にも精通している訳では無い。ただ自分を慕っているだけの、ごくごく普通の女だ。

「あらゆる生命は、生まれてきたその時点で死ぬことは確定しているじゃないですか。その中で、悲惨な死を遂げる人も、非業の死を迎える人もいると思います」

 まだ自分が話を聞く姿勢になっていないのにも関わらず、自分の話を進めてしまう。彼女の意外にも話したがりな一面に思わず眉間に皺を寄せてしまうが、別に向こうも嫌がらせで話しかけて来ているわけではない。常に真面目で、真面目すぎるが故に常に空回りしてるだけなのだ。悪人ではないし、裏表のない性格は伊東もそこそこ気に入っている。彼女と過ごす時間は、何かと心地よいものだと思ってしまう。……とはいえ自分の時間を邪魔されるのは気に食わないが、それでも話くらいは聞いてやろう。そう思いながら、読んでいた頁を記憶してから本を閉じた。

「悲惨な死を遂げる人……そうだね。君も知ってると思うけど、僕の同志たちも皆…凄惨な死を遂げたよ。頭の足りない連中に捕まって、思想が違うだけで無惨に殺された」
「……酷い話だと思います。生命は、平等に振り分けられたものです。天子様くらい地位が高い人と私のような小娘では命の重みに差が生まれますけど、それでも……他の人たちは違うと思います」
「違う?……具体的にどう違うか…君の考えを聞かせてもらおうかな?」

 そう言ってから文机に本を置いて、一定の距離を保ったまま思案する紡希を手招きする。彼女は自分が許可をしない限りは一切近寄らないし、積極的に話しかけてこない。自分に迷惑をかけたくないだとか、色んな言い訳をしているが……それの真意までは流石に読み取れない。
 形の整った唇を少し尖らせて、彼女は畳を見つめる。瞬きの回数が多く、自分の考えというものをひとつにまとめようと頑張っているのが伝わってくる。裏表がないと言ったのも、このためだ。彼女は考えていることがすぐに顔に出てしまう。軽い嘘はつくが、大きな嘘や人を傷つけるような嘘は絶対につかない。そんなところを信頼しているし、先程も言ったように気に入っているのだ。
 普段から重たそうにしている瞼は、考え事をしている時はより一層重そうで、彼女の上瞼と下瞼は今にも眠りそうなくらいの距離だった。そんな彼女の顔をじっくり観察していると、紡希はパッと顔を上げてこちらを見つめてくる。

「かつての江戸では生類憐みの令というものが発令されたと聞きます。犬や猫など、あらゆる生命を敬い、尊重していこうという政策だと」
「ああ……確かにあったね。餌代とか飼育の維持費がかかりすぎて失敗したってヤツでしょ?」
「アレは、徳川五代将軍徳川綱吉が発令したとされていますね?……一説では、綱吉公が僧侶に「動物を、特に犬を大事にしなさい」と助言されたことから始まったとされていますが……それだけだと思いますか?」
「……ヤケに詳しいね。君って勉学にも精通してたっけ?」
「少しだけ学びを得てきたんです!ふふん、こう見えて山南さんや武田さんにも頭を下げて色々お話を聞いてるんです!……って、そうじゃなくって!!生類憐みの令は愚策だったと言われてますが、綱吉公の真意ってどうだったんだろ〜……って思いまして」

 正しい死に方とは何か。という話だったはずだが、いつの間にか遠い昔の話になっている。話に脈略がないのは今に始まったことではないが、ここに来て生類憐みの令について触れてくるとは思いもしなかった。しかも、自分以外の人間にも教えを乞うという姿勢に、少しだけ胸の奥がざわつく。

「……君は、どう思ってるの?」
「ただ動物を愛護したいだけなら、あそこまで執着しないはずです。犬や猫だけでなく、虫を殺すのも鷹狩りをするのも禁止していたなんて……ある種の執念を感じるなって」
「執念…?」
「当時は今よりも治安が悪かったと聞きます。戦に明け暮れていた人達が大勢いた訳ですから、当然と言えばそうなのかもしれませんが……でも、綱吉公はそんな治安の悪さを断ち切りたかったんじゃないかって思うんです」

 そこまで言うと、紡希はおもむろに手を出した。そして両手の人差し指を立てて、胸の前で構える。

「綱吉公は儒学を学んでいたと聞きます。儒学は「他者を思いやり、誠実であること」が大事だとされている学問ですよね?つまり、綱吉公が本当に伝えたかったことは、ここにあるんじゃないかって」
「……へぇ?」
「綱吉公は、この荒唐無稽な政策を通じて命というものの尊さを教えたかったんじゃないかなって……そう思うんです。犬も猫も、空を飛ぶ鳥も海や川を統べる魚たちも、そして隣にいる人間たちも、みんな等しく尊い命なんだと。そのことを実感させたかったんじゃないかなって、思うんです」
「…………面白い考え方だね。でも、綱吉公の政策は失敗に終わったはずだよね?」
「はい。……綱吉公は、少し強引すぎたのかもしれませんね。とはいえ、私のような庶民が将軍様の考えを理解できるはずがありません。……とにかく、命は平等で、死も同じように平等に与えられるものだと私は考えているんです。その上で、人間にとっての正しい死に方とは何か……それを、考えたいなって」

 新選組に共に入隊してから、彼女は監察の仕事を任されるようになったという。諜報活動は苦手だが、影の薄さを活かした偵察や事後処理などを任されているとのことだったが、その経験が今の思考に行き着くのだろうか。以前よりも態度が堅苦しくなり、笑顔も減ってしまった彼女のことを心配するようになったのはつい最近のことだ。

(この子の中で死生観が変わったのか……それとも元からこういう子だったのか。それは分からないけど、今のこの子は……)

 どこか、危うい気がする。自分の返答一つで彼女の何かが大きく変わってしまいそうな、そんな気がしてならない。視線を合わせようとせず、ただ暗い表情のまま俯いて唇を噛み締めている紡希に、伊東は無意識のうちに手を伸ばそうとした。そして、すんでのところでその手を引っ込めて、彼女に気づかれないようにそっと息を吐いた。自分から触れたことなんて一度もない。今までも、特に触れようとも思ってこなかった。なのに、どうして今更になって急に触れたくなったのだ?
 自分のことのはずなのに、何も理解できない。それが不思議でたまらない。……いや、今気にかけるべきは自分ではなく、彼女のことだ。彼女にとって正しい死に方とは何かを教えなければ、生真面目すぎるが故にずっと答えの出ない自問自答に永遠に苦しむことになるだろう。そんなのは、あまりにも時間の無駄だ。

「君は命は平等だって…そう言いたいんだね?悪逆の限りを尽くす暴君も、ただ虐げられるだけの弱者も、口先だけの臆病者も、目先の利益のことしか考えられないような馬鹿も。全員に等しい価値があるって?」
「はい。人間だけじゃない。あらゆる生命は平等です。川で捕れる魚も、のびのび過ごす猫も、よく躾られている犬も、畑ですくすく育つ野菜たちも、みんな、等しく今を生きている」
「……その考えは極端だと思うけどな…。んで、君は正しい死に方について知りたいんだよね?その数多の生命体の終わり方……ってことでしょ。エゲレスではそういうのを“えんでぃんぐ”って言うらしいけど、君が知りたいのはそのこと?」
「……そうですね。悪人にとっての正しい死に方は、然るべき場所で行われる処刑。それは誰もが分かってることだと思います」

 そこまで言うと、紡希は僅かに顔を上げる。険しい顔で、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

「なら、弱者は?……善人は?……浪人や不逞な輩に斬り殺されて、慰みものにされて捨てられて…そのまま命を落とす人もいます。……その人たちの死に様は…果たして、正しいと言えるでしょうか」
「……間違いなく、ソレは正しいとは言えない。非業の死というものだよ」
「ですよね。……だったら、私たちは…新選組は……伊東さんは……どんな、死に方が正しいのでしょうか。国のために命をかける?それとも、戦の中で果てていく?」

 次第に、紡希の声が震え始める。

「……寿命で静かに逝くことが…生命としての理想の死に方だと思うんです。……でも、人の命を奪ったことがある者に、そんな安寧は訪れない。……訪れちゃ、ダメなんだって……思うんです」
「…………それが、君の思う正しい死に方?」
「……はい。……だから、貴方は…これから先も誰のことも傷つけないでください。貴方は剣の達人です。並大抵の人では太刀打ちできないほどの強さがある。……でも、今は…何かと物騒ですから……返り討ちにしてしまうことも…あるかもしれないですから」
「はは、僕が襲われて?しかも返り討ちにすること前提なんだ!……僕のこと、本気で信頼してくれてるんだね〜?君ってほんとに僕のこと好きだね?」
「なっ……!?……た、確かに……あなたの事は…慕っています。私の命に変えても、貴方を支えて守りたいと思っています……けど…!?」

 ボンッ、と先程までの思い詰めたような顔から一変して真っ赤な顔で狼狽える紡希に、伊東は思わず吹き出してしまう。やはり、この子には元気でいてもらわないと。こうして、自分の言動に一喜一憂して、時に照れて時に笑う彼女が、見ていて一番好きだと思える。




 そう、だから。……だから、彼女だけは、絶対に。絶対に、血の匂いのするところに近づけさせたくなかった。
 酔いが回った頭で、目の前に転がされた丸いナニカを見つめる。月明かりに照らされた、そのナニカと“目が合った”ことで一気に全身から血の気が引いていくのを感じた。

「あ……ぁ…?」

 どこか遠くを見つめているような、今までにも見たことの無いような冷たい表情をしたソレ。べったりと頬についている鮮血はまだ新しく、先程殺されて首だけをこちらに持ってきたとでも言いたいのだろうか。

「つち、くれ……君……」

 目の前が、真っ暗になる。彼女を巻き込みたくなくて、御陵衛士としてではなく新選組に居させたというのに。自分に着いてくると言って聞かなかった彼女に酷い言葉を浴びせてまで、突き放したというのに。
 自分の命が、土方に狙われているのは分かっていた。近藤は自分のことを敵視していないだろうが、土方は自分のことを邪魔者だと思い、そして切り捨てようとしていた。そんなのは、わかっている。わかっていなかったら、内通者の斎藤をわざわざ御陵衛士として参加させていない。
 だけど、彼女は…土暮紡希は土方の考案した監察方として懸命に働いていたのだ。二人きりで会話をしているところも何度か見かけたこともあるし、情が全くないわけではないはずなんだ。それなのに、なんで。どうして、そんな。

(それほどまでに、僕を殺したいのか…!?土方歳三…!!)

 向かってくる見覚えのある隊士たちの剣戟を軽く受け流しながら、濁流のように押し寄せる感情を整理しようとしていた。だが、その油断が命取りだった。
 背後から、腹部にかけての鈍い痛み。同じ人間とは思えないほどに洗練された突き技。振り向けば、そこには新選組の中でも最も恐ろしい人間が青ざめた顔で立っており、対面の隊士に声をかけていた。
 それに反応する間もなく、正面から斜めに袈裟斬りにされてしまう。嗚呼、こんなに斬られてしまっては、もうどうすることもできないだろう。
 地面に座り込んで、彼女の頭に手を伸ばす。肺を斬られてしまったせいで、息をするのも痛くて苦しい。口から血が溢れて、何度も咳き込んで地面を赤く染めてしまう。

(土暮くん、…あ…ぁ…紡希…ちゃん……)

 人を殺したこともないような、無害な人間。騙されやすく、良いように扱われることも少なくなかった彼女の死に様は自分が想像していたものよりも残酷だった。抱き寄せて、立ち去っていく浅葱色の羽織りを睨みつけてから、地面に横たわる。

「……さい、あく…の……死に方…だねぇ……」

 想定していたよりも早い結末だ。まだ自分は何も成せていないのに、こんなところで終わってしまっていいのか。……いや、そんなことより。ただ自分のことを慕っているだけの彼女を無惨に殺した土方が許せなくて、許せなくて、許せなくて。

「…………あ…ぁ……ほんと……どうしようもない…なぁ……ぼくら…ひどい……終わり方…で……」

 こんなんじゃ、先に亡くなっていった同志たちに顔向けできないや。…なんて、溢れ出てくる憎悪と怒りに見て見ぬふりをしながら、震える手で紡希の瞼を閉じさせた。そして、これ以上誰かに傷つけられないように、自分の胸に、腕の中にしっかりと閉じ込めて、目を閉じる。

(嗚呼……でも……良かったのかもしれない)

 他の誰かに使い潰されて不幸になるよりも、自分とこうして死ぬほうが……彼女にとっては救いになるのかもしれない。……普段だったら絶対に辿り着かない考えに失笑して、彼女を抱きしめる腕に力を入れた。
 肌を突き刺すような寒さが襲う、師走の出来事だった。
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