3
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ふわり、と。雪姫の髪が、風に靡いて揺れている。
漆黒、というのが相応しいだろうか。その呼び名の通り、漆のような艶を纏った黒髪が、日の光を湛えていて。
それを素直に、美しい、と家康はそう思った。
「起きていたのか」
そう、声をかければ。雪姫は小さく肩を揺らすと、少しだけ驚いたように振り返って。けれどその表情はすぐに元へと戻されて、視線が日輪へと戻される。
「…物好きですね」
そうぽつりと呟かれた言葉に、家康は首を捻らせる。
物好き、とはどういうことだろうか。
彼女はそれに、申し訳なさそうな…呆れたような…そんな微妙な表情を浮かべて。
「名も知らぬような、己に刃を向けた女を助けるなどと…変わってますね」
その言葉に家康はああ、と納得して、にこり、と雪姫へと笑いかけた。あのときの事を、彼女ながらに気にかけているのだろうか。なんとなくだが、表情がそう告げている気がするのだ。
「ワシにはお前を見殺しには出来なかったからな」
「………」
雪姫は溜息を吐くと、そうですか、と小さく呟いて目を細める。それに家康は浮かべた笑顔を深くして。
「隣、座っても?」
「…お好きにどうぞ」
とすん、と小気味いい音が響いて、己の顔を笑いながら覗き込んでくる家康を見据えて、雪姫は変な人だと苦笑する。
まるで悪意のない、無邪気な眼。なんとも不思議な人だとそう思う。
「お前の名を教えてくれないか」
「…… 雪姫です。お好きに呼んでください」
何故だろうか。少しだけ、安心する気がするのだ。彼の放つ気がとても暖かいからだろうか。
氷のような。あの凍てついた瞳とは違う、太陽のような。
そんな彼の瞳が、そう思わせるのだろうか。
「一体何があったんだ?」
雪姫は不意に真剣な表情になる家康を見つめて、しばし思考を巡らせた。
この者は信頼に足る人物か。今の己の境遇を話すに値するだろうか。
しばし家康を見つめて。雪姫は決心したように口を開いた。
「……毛利元就は御存知ですよね」
「安芸の智将、謀神…か?」
「彼は私の義兄です」
「!」
驚く家康を他所に、雪姫は義理ですが、と続けた。
その義兄の行いに納得ができず毛利を裏切ったこと。それによって刺客に襲われていたこと。そこを家康に助けられたことを雪姫は一通り話終えると、家康を見つめて微笑む。
「…そういえば。……その節はお世話になりました。…その。ありがとうございます」
「いや、それはいいんだが…行く宛はあるのか?」
「いえ。…また放浪するだけです」
はあ、と憂うように空を見据える雪姫に、家康は微笑みかけた。
「だったら、徳川に来ないか?」
「は…!?」
一体何を言っているのだろうか。
毛利の人間である己を?徳川に引き入れるというのか。
情の深さも度を超えると愚かなものだ。
「私は毛利の人間ですよ?…所謂貴方様にとっては敵の筈。…それに私を置いておけば、貴方様にも刺客が」
「雪姫は裏切るような人間じゃない」
「っ、」
何を、知ったようなことを。
家康と自分とは、出会ったばかりのはずだ。なのに何故そんな確証も無いことを言える。
けれど。それが何故だか嬉しくて。
己が己だと言ってくれているようで。
「刺客からはワシが守ろう」
「…ですが私は」
「大丈夫だ!」
にこり、と微笑む家康に心を打たれる自分がいて。
なんなのだろうか。じんわりと暖かい、満たされるような──…この気持ちは。
「雪姫はか弱いおなごだろう?」
遠慮などしなくていい、とあくまで下心なく己を受け入れてくれる家康をしばしきょとん、と見つめて。
ふふ、と雪姫は笑いを漏らす。
「…ふふ、やはり物好きでいらっしゃる。……まあ、でも。ならばそのお言葉に甘えて…お世話になります、家康様」
雪姫は家康に頭を下げると、家康を眩しそうに見つめた。
彼ならば。この人ならばきっと。己を。この世の中を変えてくれる。
ならば自分は、それについていきたいと、そう、思う。
「(貴方様は太陽なのですね)」
氷河の如く、傷付き凍てついた雪姫の心を溶かすのは。
(まるで太陽のような)
ああ、貴方はなんて眩しいのだろう。
・
1/2ページ