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「っ、」
びりり、と痛みが走った。
じゅくり、と肉を裂く、血の滲む音。
噛みつかれたのだ、と理解した時には既に、彼に捕らわれていた。
「いっ…」
小さく呻いて顔を歪めた。
ぬるりとした舌の感覚。噎せるような血の香り。
傷口を丹念に舐められて、ぞくり、と肌が粟立つ。
抵抗しようと身体を捩れば、それを許さないと言わんばかりに、自らの肩に触れていた手の、力が強まる。
ぎりり、と軋むように指が食い込んだ。
「…いっ…石田、様」
掠れる声で名を呼べば、淡い翠色の瞳が鋭さを増した。
「…名で呼べと、いつも言っているだろう」
目に見えて不機嫌になる彼を宥めるように、小さな声で三成、と呟く。
ここで反論して、彼の気分を損ねては、また面倒臭いことになりかねない。
「…、何、か、不安になるようなことでも、ありましたか」
慎重に、言葉を選んで問い掛ける。
彼の顔が少しだけ歪んだのを見て、ああ、やってしまった、と心の中で呟いた。
「…毛利が…貴様を、探していた」
ああ、やはりか、と思う。
彼を宥めようと必死に言葉を探すけれど、きっと彼にとっては、元就を擁護しているようにしか聞こえないのだろう。だから何も言えない。
「貴様は、私のものだ。…例え秀吉様であろうと、半兵衛様であろうと…渡さない」
私は、彼のものになったつもりはないのだけれど、こうして捕らわれてしまっている。閉ざされてしまっている。流されるままに愛撫を受け入れ、逃げ出すこともしない。
冷たい部屋。そこは無機質で、薄暗くて、日の光が入らない。聞こえるのは、自分を繋ぐ枷の音だけで、普通の人なら、きっとすぐに、狂ってしまうような場所。そこに私は閉じ込められている。監禁されている。
恋人であった元就の隙をついて、私は彼に拐われた。
最初は彼を拒んでいたし、抵抗もしていた。けれど彼の力に勝てるわけが無くて。彼に抱かれて、私は穢れた。唯一元就だけを愛すると決めたのに、元就の傍にいると決めたのに、それを守れなかった私は、元就の傍にいる資格なんてないんだと。
だから逃げない。もう戻れない。
「…何を、考えている」
「…いえ、何も」
「貴様は私だけ、考えていればいい」
何がいいものか。
「石田…いえ、三成様」
「…どうした」
「…私は逃げ出したりなど、しませぬ故」
だから、元就には手を出さないで欲しい。元就だけは殺さないで欲しい。
私を連れ戻そうとして、沢山の人が死んだ。
元就が私を見捨てたのは、きっと、そういう理由。
死ねないから。元就は死んではいけないから。その身ある限り、天下を目指せる。元就には、私なんか気にせずに、毛利の繁栄に尽くして欲しい。
「…それは毛利の為か?」
ぴくり。と肩が反応した。
どうしてそこで、元就の名前が、出てくるの。
「何故…何故貴様は…私だけを見ない…?何故元就元就と…毛利のことばかり呼ぶ?考える?」
「三成様…それは違います」
「一体何が違うと?貴様はいつだって…私と目を合わせようとしない」
そんなものは、至極簡単だ。
堕ちてしまうかもしれないからだ。
どこまでも広がる闇を抱えた、なのに美しい目を見てしまったら。私はきっともう、戻れない。
彼は、無情と無邪気が同居している。
きっと彼は、人の愛し方を知らないのだ。
ぐるり、と視界が反転して、嗚呼、また私は…と心中で呟いて、考えることをやめた。
「…私しか見れないようにしてやる」
「三成さ…っん…!」
私が身体を捩る度、ジャラジャラと鳴る枷の音。
また傷になってしまう、と彼の口付けを受け入れながら、ぼんやりそんなことを考えた。
ああ、また私は、穢されるのね。
※─────※─────※
「んっ…あ…っ…!みつな、り、様ぁっ…」
彼から与えられる快楽に身を委ねて。彼の望むように櫻姫は啼く。
「っ…!」
「んっ…ふ…あっ…」
下半身を満たす、重圧感。
あまりにも、強い快楽。何も、考えられない程に、それは波となって襲ってくる。
「はっ…あっ…んんっ…やぁっ…もと、なりぃ…」
空気が、凍ったのが分かった。
しまった、と心の中で後悔したところで遅く、彼の耳に届いてしまったのは確かで。
「何故…そこで毛利の名を呼ぶ…!」
「っ…!み、三成様、それは…」
「…貴様は私だけを見ればいいと、そう言った筈だ」
ギラギラと輝く獣のような飢えた瞳に捕らわれて、息が、止まる。
逸らさないと。早く目を逸らさねば。堕ちてしまう。この、底の無い、闇に。
「…貴様は、私のものだ」
三成はそう、呟いて。
櫻姫は不意に、貫くような痛みを肩に感じた。
「っ…!?」
ぱっくりと開いた肌が、血を流し、櫻姫の白い肌をしとどに濡らす。
それを丁寧に、一つも逃すまいと、目の前の男は舌を立てた。
「いっ…っあ、」
三成の手に握られたのは、刀。
これで斬られたのだと、理解するのに時間は用いない。
一心不乱に、血を舐めとる男をぼんやりと見据えて。
##NAME1##は何故かそれを、綺麗だと思ってしまう。
痛みさえ快楽と介してしまう程に、感覚が麻痺して。
「この血も…この肌も。髪も。声も瞳も心すらも。…全て、私だけのものだ。…全て」
違うと声を発そうとしても、それは虚しくも空を掴む。
櫻姫、と名を呼ばれれば、びりりと麻痺する感覚。
「愛している…」
櫻姫、と虚ろげに呟く三成を驚いたように見据えて。
目に入ったのは、彼の腕に無造作に巻き付けられた、見覚えのある―…飾り紐。
「っ…!?」
房のついた、黄色のこれは、櫻姫が愛した人のそれに酷似していて。
所々に、赤い斑点が染みを作っていた。
それを見据える櫻姫に気が付いたのか、三成はニヤリと口角を歪めて。
「もう…貴様の心を喰うアイツはいない」
その瞬間。
全ての血の気が引いた。
(私はもう、彼から)
この、人の姿をした鬼からは
逃げられない。
(鬼ごっこ)
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