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これは──…悪夢、だ。
「三成…?」
靡く金色の衣。背負う葵の御紋。
嫌と言う程に己と彼が追い求めた…かつて友と呼び、豊臣に仕え、互いに研磨し合い、この乱世を共に歩んできた男。
徳川家康───。
「櫻姫…」
そして彼の元へ倒れ伏すは、白い。どこまでも白く、鋭く美しい彼は。
「…みつ、な、り」
彼の白い肌を紅く染めるのは、血だ。
家康か、彼か。どちらの物とも分からないそれが、地へと流れ落ち、小さな赤い池を作っていて。
嗚呼。──これは、夢だ。
「っ、う、ぁ」
息が、詰まる。
嘘だ。これは夢だ。彼が──三成が、死んだ、などと。
「ああ……あああああ!」
その声が、届くことはない。
櫻姫の叫びも、悲しみも、彼にはもう、何も届かない。
「三成!三成ぃ…!嘘…こんなの……嘘よ…!」
誰よりも気高く、強く、美しい貴方が死ぬなんて。そんなの、有り得ない。
竦む己の肢体をなんとか引き摺って、静かに倒れ伏す彼を抱き締める。
「櫻姫…すまない」
「っ、いえ、やすさ、ま…」
「夢ではないんだ」
「っ…!」
淡々と叩きつけられる現実。
そうだ。これは決して夢などではない。
鼻腔を擽る錆びた鉄の香り。頰に触れる指先から伝わる冷たい感覚。これが夢ではないのだと、彼の全てがそれを伝えてくる。
そうだ。これは、紛れもない──事実だ。
「ワシが殺した」
櫻姫に背を向けてそう告げる家康の表情は窺えない。けれど櫻姫には、その言葉が酷く冷たく、研ぎ澄まされた刃のように突き刺さり。
殺した。目の前の男が、三成を。己の最愛の人物を。例え世界の全てを敵に回してでも守りたかった、唯一の人を。
──そうだ。この男が、全てを奪ったのだ。
主君であった秀吉も、最後まで共に戦った左近も、吉継も、そして最愛の──三成も。
全ては、彼が秀吉に反旗を翻したことが事の始まりなのだ。
彼はこの世界に争いの、戦の種を撒いた──災厄、だ。
「貴方が──三成を、」
「そうだ。ワシが──…っ、!?」
殺気と、狂気。入り交じるそれに、家康は直感的に身を引けば。刹那、襲いかかる白銀の刃。
それを腕で受け止めて、垣間見える櫻姫の瞳に背筋が凍る。
憎悪と、殺意と、狂気と──哀惜。
そして──無機質、だ。光のない、そんな。闇のごとき、瞳。
光である筈の櫻姫が、だ。
「っ…!櫻姫、ワシはお前とは戦いたくない!」
「…私から……全てを奪っておいて、何を言っているのですか?」
全てを、奪っておいて。
己とは戦いたくないだなどと。そんなもの、偽善だ。綺麗事だ。
「貴方はかつて豊臣にいた。…ならば知っている筈です。…私が、どれだけ三成を愛し、三成と、豊臣の為に生きていたのかを」
ぎりり、とそう噛み締めた唇から血が伝う。
向けられた櫻姫の視線に、家康は息を飲んで。
「それなのに!それなのに…!私から!豊臣を!兄を!愛する人を!友人を!全てを!全てを奪っておいて…私とは戦いたくないだなどと…!よくもそんな汚ならしく!独り善がりでしかない偽善など…綺麗事など吐けたものですね!」
「櫻姫、落ち着いてくれ。ただワシは、これ以上無駄な犠牲を…」
「無駄な犠牲!?その言葉こそが!一番の綺麗事であると何故貴方は分からぬのです!?では三成は!?秀吉様はなんだったと言うのですか!?そもそもあの時貴方が!秀吉様に反旗を翻さねばこのようなことにはならなかったのです!大人しく豊臣に従属しておけば、」
「それではダメなんだ!」
「は、?」
あくまで感情を隠さず捲し立てる櫻姫を真っ直ぐ見据えて家康は叫ぶ。
それに櫻姫はびくり、と身体を揺らして。
「豊臣は。…秀吉殿の作る天下は何も生まない。恐怖で、力で人を支配するだなど…。ワシは、もう人の住むこの地を血で汚したくは、ないんだ。だから…例えワシは、誰に恨まれようと…」
この手は緩めないんだ。
そう、呟いたと同時に。再度白銀が瞬いて。櫻姫の紫色の瞳が、紅く、紅く燃えて。それを血のようだ、と。かつて友であった彼と同じ瞳だと、家康は目を細めた。
「櫻姫…ワシは、お前を」
「…救いたい、とでも仰るつもりですか?」
「憎しみは何も生まない…その桎梏は、櫻姫…お前を縛り付けるだけだ」
「何を分かったようなことを…!」
「櫻姫」
名を、呼ばれて。強い衝撃が、己の身を襲って。
一瞬の間。ざらざらとした土の感触が、櫻姫の背中を伝い、駆ける。
「っ…、ぐ、ぅ」
ぎりぎりと食い込む腕が、痛い。
憎らしい程に眩しい金色が、視界をひらりひらりと舞っていて。
「なあ、お願いだ櫻姫」
「…っ、?」
ぼろり、ぼろり、と。
大粒の滴が櫻姫の顔へと降り注ぎ。何故だかそれを、異様に冷たく感じて。
「……何故、貴方が泣くのです?」
全てその手にかけておきながら――今更何を思い、何を悔やみ、何を泣いているのか。
「ワシはもう…誰も殺したくは、無い」
「……綺麗事、を」
ああ、滑稽、だ。
己で全てを壊し、殺し…屍を、その足元に積み上げて。
着いた先は──誰にも理解されぬ孤高。
なんと滑稽で──憐れなことか。
「どうしたら、どうしたらいい。ワシは…なぁ、櫻姫」
「…家康、様」
「親友を殺して…こうしてお前をも手にかけようとしている…ワシはもう…誰も殺したくは、無いのに」
「ならば」
共に死にますか?と呟く櫻姫に、家康は目を見張り。
ぼたり、ぼたりと。視界を埋める紅に、眩暈がして。
「っ… 櫻姫、?」
「家康様」
安心してください、と至極美しく微笑む櫻姫と、噎せるような血の香りに、何も、考えられなくなる。
「また、戻りましょう。三成と。貴方様と。私と──笑い合い、高め合っていた、あの日々に」
櫻姫の持つ、白銀の刃から滴る紅が、己のものであることに気付き。
ああ、この胸の、焼けるような、痛みは。
「大丈夫。──私もすぐ、そちらへ…」
どさり。と。
己の身体へと倒れ伏す家康の耳元へそう、呟けば。
その切っ先を、己の首へと向けて。
「三成…秀吉様…お兄様…今、櫻姫が参ります」
今度は、家康様も共に──皆で。
「幸せに、なりましょうね」
ぶつり、と。肉の断つ音と共に散るは。
赤い、紅い、涙のあと。
(なきがはら)
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