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彼の目には、何が映っているのだろう。
彼は、とても聡明だ。先見の明を持ち、世を、兵を、民さえも操る。
しかしながらそこに付きまとうものは、誰とも相容れない孤独と。己さえも駒とし犠牲にするその心。
彼の考えはいつだって、五十鈴には分からない。明らかに、見ているものが違いすぎるから。
けれどそれが、辛いものだと五十鈴は知っている。
「元就」
彼の名をぽつりと呟けば、向けられるその美しい瞳。
今の彼の瞳は、己の知る、どの彼の瞳とも違う気がするのだ。
戦場でのあの氷のような凍てついた瞳。日輪を見据える際の、眩しげに細められた瞳。それのどれとも異なる彼の瞳は、酷く五十鈴の心を乱す。
「ねえ、元就」
貴方は何を、見ているの?
それは五十鈴の知り得ない程大きく鋭利で──彼を御名に縛り付ける。
彼に重く辛い運命を背負わせる。そしてその運命を全うする為に、彼は全てを捨てた。心を凍らせ、孤独と戦いながら…ただ、一人。
だからこそ救いになりたかった。
だからこそ分かってあげたかった。
けど。
「君は何も分かってなどいないよ」
私を捕らえたこの男はそう嘲るように、私の心を抉る。
そんなこと知っている。
だからこそ。
だからこそ、この状況下で思ったのだ。
己が側に居てはいけないのだと。
己の存在は彼を脅かす。彼を惑わせる。
進むべき道を違わせる。
だって、そうだ。
許される、筈がないのだから。
互いを想い合うだなどと。
毛利と、長曾我部。
元就と、元親。
己が元親の妹である限り。
己が長曾我部である限り。
相容れる筈が無い。許される筈が無い。
己の存在が、元就を脅かすのならば。
「初めから、無かったことに」
初めから、出会わなかったことに。
忘れていく。
全てを。彼との思い出も、彼への気持ちも、全て。
「私も、全てを忘れていくから。だから元就、貴方も」
私を忘れて、幸せに。
私を忘れて、元の貴方に。
私が全てを狂わせたから。
私が貴方に心を思い出させたから。
だから全て、忘れてしまって。
「っ…!五十鈴!!」
ああ。名なんて呼ばないで。
揺らいでしまうわ。
貴方を置いていく、覚悟が。
そんな眼、貴方らしくもない。
いつもの氷のような貴方はどこへ行ったの?中国を守るために本当の自分の感情を塞いで非情を演じる貴方はどこへ行ったの?
犠牲など、策には、戦には付き物でしょう?
そんなことでは、毛利は、中国は守れないのよ?
「愛していたわ」
この身が貴方の枷となるならば。
この身を赤く、紅く染め上げましょう。
私の存在が貴方を惑わすのなら。
甘んじてこの身を捧げます。
「君には忘却を贈り、死を貰おう」
そうよ。それでいいの。
だって元就には――
(嗤う梟雄 散る唐紅)
生きていて、欲しいから。
松永さんに捕まった五十鈴が元就様の手を煩わせまいと死を選択する話。
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