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いつから元就を愛していたかなどと、もう覚えていない。最初から好きだったような気もすれば、最初は嫌いだったような気さえする。
とにかく、出会いさえ覚えていられないくらい、元就の傍にいるのが当たり前だったのだ。
元就が居て、兄がいる。兄と元就がケンカして、いつも自分がそれを止める。
それでいい筈だった。それが幸せな筈だった。けれどいつからだったろうか?兄と元就が袂を別ったのは。
兄…元親は愛に、人情に溢れる人だ。民を、仲間を大切にする。
…けれど元就は、兵を駒としか見ていない。己の策の為ならば何をも犠牲にする……そんなやり方が、兄には許せなかったのだろう。だから二人は、袂を別った。
元就は確かに恐ろしい。あの兵を見るときの氷のような瞳と、恐ろしくキれる頭脳。
慈悲など無い、兵を切り捨てる際の太刀筋。
けれどそこにはいつだって孤独がついてまわっていて。
いつだって、苦しそうだった。
それを分かっていたのに、自分は、長曾我部についた。
長曾我部の姫として産まれた以上は、それが当然だった。
家の為に、私は元就を裏切った。
「ずっと元就の傍にいるね」
そう、約束した筈なのに。そう誓った筈なのに。
幼き頃の約束。元就は覚えているだろうか。
ずっと、傍にいたから。元就がいかに苦しい思いをしてきたか。分かっているつもりだった。
ずっと、心苦しかったのだ。
「元就を、一人にしてしまった。…傍にいるって約束したのに、それを破って」
私は家を取った。
家を取るのは当たり前だと、多くの人は言うだろう。
けれどずっと、それだけが、心残りだった。
そして、長曾我部の姫として私に縁談の話が上がってきた。
地位も身分も申し分ない武家の息子。長曾我部家と代々の付き合いがあるらしく、その親交をより確かなものにするために、私をそこへ嫁がせるのだと言う。
そこに私の意志はない。
「(当然だ。このご時世、愛したものと婚姻できるかなどといえば、そうではない)」
政略結婚。それが主。
そこにはお家継続の為、ただそれしかない。
彼とは一度だけ顔を合わせたことがあるが、元就とは……似ても似つかぬ、心優しい青年だった。
でも、それでも。
心は燻り続けて、続けて……やがて大きくなって。
気は晴れぬままに、結納の日時が決定した。
けどその日は永遠にやってくることは無かった。
彼も武家の息子だ。戦場に赴くこともあった。
けれど必ず生きて帰ってきた。今回もそうだと思っていた。けど。
彼は帰ってこなかった。
一家は大騒ぎになった。
長曾我部家と彼の家とで激しい争いも始まった。
聞けば、この度の戦は完全に予想外だったのだという。
兄曰く、「謀神」が現れたのだと。
「謀神」。
私が間違える筈もない、愛しい、ずっと愛していた彼の異名。
毛利元就、紛れもなくその人のもの。
そして彼は、その毛利元就に殺されたのだという。
それを聞いたその瞬間、私の中の何かが音を立てた。
もし自惚れでないのなら。
元就は私をまだ。
「お主は渡さぬ」
「!」
そして出会った、彼に言われたこの一言が。
私の中の燻りを晴らした。
「どこの馬の骨とも分からぬ輩に…お主は任せられぬ」
「っ、」
「五十鈴」
日輪が全てを照らす。
眩しげにそれを見上げれば、向けられる氷の眼差し。
「貴様は我のぞ」
嗚呼、怒っているのね。
私が貴方を裏切ったことを。
「だから死ぬが良い」
死ぬことで貴方の永遠となれるなら。
私は甘んじてその運命を受け入れます。
「愛しておったぞ」
薄れ行く意識の中で聞こえたその言葉は、消え入りそうにか細い。
意識が完全に闇へと落ちるその前に、唇へと感じた感覚は、やけに冷たく、錆びた血の味と──
涙の味がした。
(牡丹一華)
アネモネ
「嫉妬の為の無実の犠牲」
これは私の、元就への裏切りの罰。
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