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元就には敵が多い。
大阪の豊臣、三河の徳川───そして西海の長曾我部。
それだけではない。甲斐の武田、越後の上杉───奥州の伊達。
例え元就が天下に興味など無くとも―戦を避けることなど出来ないのだ。
誰かが天下を望む限り、そこには必ず争いが生まれる。
それが「乱世」なのだから。
だからこそ、不安なのだ。
いつも戦へと赴く元就の背を見つめて思うことがある。
元就と共に戦場に赴ける兵士達が羨ましい、と。
元就の側で、元就の役に立ち、元就を守ることが出来るのだ。
愛する人が「帰ってこないかもしれない」という底知れぬ不安に怯えなくて済むのだ。
彼の背中を守りたい、といつもそう思っている。
「元就」
毛利軍陣営にて。
五十鈴は兵士へと命令を下す元就へと声を掛ける。
その言葉に、元就は兵士達へと向けていた視線を五十鈴へと移して。
「───五十鈴か、どうした」
「話があるの」
「……話、だと?」
ぴくり、と眉をひそめる元就を五十鈴は見据えて頷く。
「今回の戦…私も連れていって欲しいの」
きゅ、と覚悟を決めたように拳を握る五十鈴を見つめて、元就は目を細めた。
長く元就と共にいる五十鈴には分かる。この目はあまり現状に納得がいっていない時の目であると。
「…元就のことを、守りたいの」
五十鈴はその握りしめた拳に更に力を込める。
守りたい。側にいたい。帰りを待つだけなのはもう、嫌なのだと。
「…我を、守るだと?」
「うん。…元就は確かに強いよ。でも…それでも…時々、息が出来なくなるの。もし元就が帰ってこなかったらどうしよう、って。…だから私は…側にいて、元就のことを守りたいの…そうでもしないと、不安で、」
壊れてしまいそうになる。
だからお願い、と五十鈴は元就を真っ直ぐに見据えた。
それに元就は、はあ、と短く息を吐いて。
「ならぬ」
「……どうして?」
「足手まといぞ」
ぴしゃり、と冷たく言う元就を五十鈴は真っ直ぐに見据えて、ぎりり、と下唇を噛む。
「た、確かに足手まといかもしれないけど……わ、私は、」
「くだらぬ…話はそれだけか。我は忙しい。くだらぬ時間を過ごさせるでないわ」
ふん、と元就は顔を逸らすと、くるり、と踵を返す。
遠ざかる元就の背を見つめて、五十鈴は嗚咽に似た声を小さく漏らした。
足手まとい───。
確かにそうだ。──己は決して、強くはない。
いつだって兄に、元就に助けられていた。
今回は特に重要な戦だ。そんな戦に、元就が己の策を乱しかねない者を連れていく筈がないのだ。
自分は、無力だ。
そう思うと、ぼろりぼろりと涙が溢れてくるのが分かって。
そうだ。いつだって自分は、元就の足を引っ張ってばかりなのだ。
あの時だって────
「あの…五十鈴様」
そう声を掛けられて、ハッ、と五十鈴は我に返り声の方へと振り返る。
数人の兵士達が焦ったようにわたわたと五十鈴を見つめていて。
「そ、その…あまり気を落とさないで下さい。元就様は…その、ああ言ってはいますが、五十鈴様が心配なだけなのだと思うのです…」
「…私が、心配?」
「え、ええ。その…五十鈴様と居られる時の元就様は、我らに向ける眼よりも、遥かに優しく、愛しむような…そんな眼をされていらっしゃいます…で、ですから…元就様は五十鈴様にもしものことがあってはとお考えなのでは、と…」
慰めるようにおどおどと言葉を紡ぐ兵士達を見据えて、五十鈴は己の中の何かが叫びを上げたのが分かった。
己はこの、自分を心配し慰めてくれる者達を妬んでいるのだ、と。
羨ましいなどでは片付けられない感情が、己の中に渦巻いているのだと。
そうだ、これは───嫉妬だ。
「貴方達が羨ましい……常に元就とあれる、元就を守れるんですもの」
汚い!
汚い!!
汚い!!!!
己はこんなにも、汚ならしい!
自分の味方に嫉妬など。
この汚ならしい感情を、抑え込むことが出来ない己が嫌だ。
「っ…私も…不安なの……元就がいつか、いつか帰ってこなくなっちゃうんじゃないかって……私の知らないところで、し、死んじゃうんじゃないかって…だから、だから元就様の側にいれる貴方達に嫉妬してて……ふ、ぅ、うぁ……ひ、ぐすっ…も、元就ぃ…」
「あああ、っ、五十鈴様っ!?な、泣かないでくださいませ!!」
悔しい。守られるだけの己が。
自分だって、元就を守りたいのに。
・
泣いて、泣いて。泣き疲れて。
五十鈴はいつの間にか寝ていたことに気が付く。
ぱちり、と目を開ければ、空が暗くなっていて。
───元就は、大丈夫だろうか。
もし、何かあったら。帰ってこなかったら。
己は、なんと浅ましいのだろう。
足手まといであるのは事実であるのに、それを受け入れられずこうして泣いている。元就の迷惑にはなりたくないと思うのに、例え足手まといでも共にありたいと、傍で守りたいと願ってしまう。
なんと強欲で、我儘なのだろう。
「…はぁ」
こうして引きこもっているからいけないのだろうか。どうにも思考が良くない方向へと行ってしまう。
信じていない訳ではない。でも「もし」や「まさか」が起きるのが乱世の常なのだ。
はあ、と五十鈴はふらふらと立ち上がると、庭へと歩を進めた。ふと、空を見上げれば、今日は満月なことに気が付き。
「…綺麗、」
満月は何故か、元就を思い出させる。
彼が五十鈴にとっては、月のよう、だからだろうか。
どこか儚くて、けれど確かなもので。
「元就…」
そう呟いて、また泣きそうになるのを堪える。
ダメだ。せめて笑顔で、笑顔で帰って来た元就を迎えなければ。
「呼んだか」
「っ…え?」
ざわり、と木々が揺れれば、背後から聞こえる声。
これは、愛しい人の、
「っ……元就?」
「二度呼ばずとも聞こえておる」
振り返れば、つん、と澄まし顔の元就が腕を組んで立っていて。
はあ、と溜息を吐けば、五十鈴へと近寄りその頬に触れた。
「泣いておったのか」
「っ、」
布越しでも分かる、元就の少しひんやりとした手。紛れもない、元就だ。ちゃんと生きて、己の目の前にいる。またちゃんと、帰ってきてくれた。
じわ、と滲む涙を我慢すれば、鼻孔が微かに痛くなるのが分かって。
「…すまぬ」
「え…?」
そう呟いて、元就は瞼を伏せた。
それが酷く、酷く美しくて。
「我も…不安、なのだ。もしそなたが…怪我でもしたら、と思うと」
元就の、長い睫毛が微かに揺れる。
控えめに二人の視線が交ざり合って、暫しの沈黙が流れて。
元就は微かに困ったような表情を浮かべると、それを隠すかのように五十鈴を抱き寄せて。
「酷いことを申して…すまなかった。…だからもう、泣くでないわ」
「っ…もとなりぃ…」
その言葉に、五十鈴はまた目頭が熱くなって。
泣くな、と言われているのに。涙はどうやっても止まらない。
「ごめんなさい…ごめんなさい、我儘で…いつもいつも、迷惑ばかりかけて…」
「別に良い。…迷惑などと思ってはおらぬ…だからもう泣くでない」
「…っ…うん…」
互いのぬくもり。この偽りだらけの世の中で、たった一つだけの偽りのない、確かなもの。
この手の温かさが、彼の、答えだ。
(言葉足らずな彼の)
不器用な優しさ。
(元就の気持ちは分かったけど…やっぱり私は…)
(ならぬ。そなたに怪我でもあっては困る。そなたは我のものぞ。我の許可なく傷付けるなど許さぬわ)
(う……どうしてそういうことだけはハッキリ言うの…)
(?)
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