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「何故自ら破滅の道を進む?」
ああ、腹立たしい。
五十鈴は目の前の男を見据えて思う。
徳川家康───絆だなんだなどと、それは至極くだらない言葉を吐き散らし、己の野望を都合の良く振りかざす男。
そんな吐き気がする程の綺麗事しか吐けぬ男に、己の何が、元就の何が分かるというのか。
「お前は、元親の妹君だそうだな」
家康は尚も続ける。
ああ、またこの言葉か、と五十鈴は沸き上がる殺意を理性で留める。
今ここで彼に挑むのは得策ではない。
「だから、なんだと言うのです?」
くだらない、と五十鈴は呟いて靡く己の髪を撫ぜる。
長曾我部と──元親と同じ薄い銀色をした髪は、赤黒く染まっていて。五十鈴の白い肌と相俟って、なんと狂気的かと家康は目を細める。
「このまま毛利と共に居ては、滅び行くが運命だろう?」
「戯れ言を。…毛利は、安芸は滅びたりなどしませぬ」
どこか冷めたような目で自分を見つめる五十鈴に、ああ、哀れだ、と家康は心中で呟く。あくまで冷めたような、全てを悟ったようなその眼は──恐ろしくも、哀しい。
一体何が彼女にそんな眼をさせるのか。家康には到底、想像もつかない事象で。そんな家康に五十鈴ははぁ、と溜息を吐くと、構えていた武器を降ろして。
「…そこを退いて頂けますか?元就の元へと参らねばなりませんので」
無駄な争いはしたくないのです、と呟く五十鈴に家康は首を振って。
五十鈴はそれを見て吐いた溜息を深くする。
「お主に一つ問いたい」
「私に…?」
それに五十鈴は訝しげに眉をひそめて。
「お前は…幸せか?」
「…それは、どういう、意味でしょう?」
「ワシには、到底…お前が幸せだとは思えない。…そうやって心を殺し、感情を殺し、耐え忍ぶことで得る幸せなど、」
「…貴方に私の何が分かると言うのです?」
「分からないさ。分からないからこそ…ワシは」
酷く真っ直ぐな眼差しを己へと向ける家康を、五十鈴はああ、不愉快だと目を細めた。
幸せなどと、所詮は綺麗事だ。偽善だ。
──どうでも、いいのだ。己が幸せであるか否かなど。
彼の目指す先で例え己が共に在れずとも。
ただ。ただ彼には。天下を。安芸の安寧を。毛利の繁栄を。
それだけを、見据えていて欲しい。
「…実に、どうでもよいことです。己が幸せなど。元々、望んではいませぬ。…貴方には、私がそんなにも愚か女に見えるのですね」
「望んで、いない、?」
「…例え数千、数万とこの足元に骸が散らばろうと。この手を赤く染めようとも。──いつもいつも、息の詰まるような──そんな思いを抱いていても。…全て彼の。元就の…望む未来の前には、実に些末で、愚かで、どうでもよいことです」
それは、狂気にさえ似た、何か、だ。
「…可哀想だな、お前は」
「どうぞなんとでも仰って下さい」
至極どうでも良さげに目を細める五十鈴に、家康は憐れみにも似た感情を向けて。
それを気持ちが悪い、と一蹴する彼女のなんと、報われないことだろう。
「元親はお前が死んだと思い込んでいる」
「…それがなんだと言うのです」
「肉親さえもどうでも良いのだな、お前は」
狂っている。愛とは、人をかくもこう、盲目的にしてしまうのか。
それはなんとも蠱惑的な、苦くも甘いものだろう。
「…もう、良いですか?私は早急に、元就の元へ参らねばなりませんので」
そう、呟いて踵を返す五十鈴の背を家康は見据えて叫ぶ。
「ワシは天下を取るぞ」
「…………」
「…お前のような…悲しい人間をこれ以上増やさないためにも、」
「徳川家康」
そう呟く五十鈴の声色は、低く、鋭く。感じるのは───確かな殺気と狂気。空気が震えたのが分かって、家康は目を見開いた。
「黙れ。私と…元就へのこれ以上の侮辱は許さない」
ギロリ。と。家康を一つ睨んで立ち去る五十鈴の目は、やけに悲しく、無機質で。
ああ、彼女は既に───…狂いきってしまっているのだ。誰の、声も、届かぬ程に。
「乱世は…こうも人を、狂わせるのだな」
その呟きは、誰の耳に届くこともなく、地に落ちて弾け消えた。
(光と風は交わらない)
かの男は人類の光であることを。しかし彼は孤高で。
かの女は一人の風であることを。しかし彼女は狂気で。
強すぎる力は、想いは──時に世を全て、焼き焦がすのだ。
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