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第零章

先程、蹴られたところの痛みに蹲る

 「………おい、すごい音したけどどうした?っておい爲魅!?」

 「……っ、いえ、何も…野良猫がお香を舐めようとしたのを急ぎ止めたら棚に当たっただけです」

 「………野良猫な…わかった。けどな何かあったらちゃんと言えよ?」

 そっと頭を撫でられた。そして優しく抱きしめられた。

優しい温もり。彼らに俺が返せるものってなんだろ

ただ医者として…。

先程蹴られぶつけたところが酷く痛んだ。俺はそんな彼らを…。

自分の犯したあやまち。彼の言う通りあのお香を作る自体、優しい彼らを裏切ることになる。

"大丈夫ですよ"そういい笑いかけた。

そうして、彼が部屋を出たあと、作っていたものを紙に包み、処分し、部屋を出た。
 誰も居なくなった部屋に人影がふたつ。

 『ほら、やっぱり先生なら処分すると思ったんだよ。これでこれがただのお香じゃないことが分かった』

 『これって』

 『お香に代わりねぇがこれは今のお香より依存性は高いものだろうな』

 『俺の見さめ正しかったらきっとこれが組にとって有意義なものに変わるはずだ』

 (まぁ、あの人が拾って来たのは誤算だったけどな)

 男性は一人ニヤリと笑い紙に包まれていたものをポケットへとしまい込んみ部屋を後にする。部屋の主が戻ってきたあと、すこし残る香りに首を傾げる。

 「いやでも朝の香りが…?」

 人間は何かを失った代わりに何かで補おうとする事は動物的本能だと言われている。

 片耳の聴力を失った後、残る聴力が上がることはなく、その代わり両耳が聞こえていた時よりも嗅覚がよくきくようになった。ただ、聞こえている片耳も何れ聞こえ無くなることもあるとの事

片耳が聞こえない。

ただそれだけが、普通に医者として働くことが難しくなる。本来は学校を出たあとここから離れ、生活をする予定が、片耳が聞こえないというだけで診療所や病院で働くことが難しく、途方に暮れていたところ、香満さんが組長へ、それから元々ここがお世話になっている先生に伝わり、形上その診療所の医者としてここの専属として今も変わらずここで暮らしている。

 「……………」

 「こら、また唇噛んでるよ」

 「え…?」

 「何?無自覚?ほら噛んだから傷つくだろ?椿がね君は考え事するとこんな風に唇を噛む癖があるって」

 指先で下唇をそっと撫でられた。

 「…………っ……」

『………ちゃん……また……』なにかがよぎり頭の奥が酷く傷んだ。

誰かと親しそうに話し、そっと頭を撫でた。彼は少し照れくさそうに頬をかく。

ただ酷く悲しくてなにか大切なものを忘れている気がする。

貴方はいったい…

 「よ、爲魅?」

 ボロボロと流れ落ちる涙を拭う。

どうしてこんなにも涙が出てくるのか。ただ悲しくて、悲しくて忘れてしまったことへ謝罪を口にした。するとそっと耳を塞がれ、背中をさすられた

 『…ゃん大丈夫?やっぱりおれ行くのやめる』

 『何言ってんだ?兄ちゃんなら大丈夫だから行ってきな、折角話を頂いたんだ無下にするのは良くないだろ』

 『けど…』

 『俺なら大丈夫だからちゃんとお前が戻ってくるのを母様達と待っているから』

 『……な、しっかり学んで来なさい』

 「……俺は…誘に…わ、わるかった…っ…」

 「……っておい。爲魅!?……って先生になにかあるとは思っていたけど…さて、どうするべきだろうね」

 一筋の涙が頬を伝うのを指で拭う。定期的な寝息に胸を撫で下ろし、そっと先生の頭を撫でた

 「壱和さん、皆さん待ってますよって何やってんですか?呼びにいって下さったんじゃ」

 「そうなんだけど、先生眠ってしまったんだよ。それより椿、君は『イザナ』という人を知ってるかい?」

 彼は首を振り、眠る先生を軽々と持ち上げ布団に寝かした。そして自分と同じように頭をそっと撫で優しく笑いかけた。

 「その人がどうかしたんですか?」

 「いや先生がね…なんでもないさ。さて皆が待っている行こか…。椿。先生のことこれからも守ってやるんだよ」
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