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第零章

 皆が寝静まったころ部屋の扉が開く。

 「先生ちょっといいか?」

 「双弥組長さん、御就任おめでとうございます。どうかなさいましたか?」

 周りを警戒しているのかキョロキョロと見渡し、扉をしめる彼の様子が気にかかる。彼は声を潜め、言葉を紡いだ。

 「なぁ、先生。親父の部屋で焚いていたあのお香。また作ってくれないか?」

 「お香をですか?勿論構いませんが…少し待って下さいね」

 組長の部屋で焚いていたものは、花の成分や香りなどを調香し作ったものだった。昔、呉服屋を営んでいた、両親が時よりお客様に調香した香袋を渡していたのを父に教えて貰ったことがきっかけで始めた。ほのかに香るお香はお客様に人気があり、着物だけでなく香袋だけ買いに来られる方も。

昔その香袋を誰かに渡したような気がする。その後、両親が殺され組に拾われてから、失った辛さを紛らわせるため、お店で焚いていたお香を部屋で焚いていたことがある。組長もその香りが好きだと、言われ、病に伏せてからも時より頼まれ焚いていた。

今思えばこの時からいくつか疑問点はあったのかも知らない。

その香りの成分に心を穏やかにする効果があった為、組長を亡くしたことから、特に気にすることなく、作っていた。お香を彼に渡したことがきっかけだった。

初めは数ヶ月に一度、それが次第に1ヶ月、数週間、一週間と貰いに来る頻度が増えていった。

 「双弥組長さん、俺があげているこれ何に使っているのですか?」

 「何ってお香なんだから焚く以外に何に使うんだよ」

 「……そういうことではなく、貴方自身からも、部屋からも香りがしないから、何に使われているのかなと」

 「ちっ…うるせぇな。お前はただ黙って言われたのを作れば良いんだよ」

 そう言われ、蹴り飛ばされた。蹴られた衝撃に背中を壁に強く打ち付ける。

 「……っヴ……ゲホッ…ゲホッ……」

 「それにあんたが作ってるそれの方が世間に知られたらまずいじゃあねぇの?ってその顔やっぱり図星ですか先生?」

 彼が指さしたものに息を飲むそれはここに来てから密かに作っていたもの。

勿論お香に変わりはなくただ、薬物性の強いものを調合していき作っている。完成すれば、あの記憶も苦しみも忘れられる。そうなれば良い

 「そんなもの医者のあんたが作ってるって組の連中が知れば、あんたのことどう思うだろうな」

 彼の言葉に唇を噛みしめた。そして耳打ちにつぶやかれた言葉に目を丸くする。

 「そ、そんなこと…」

 「できない?でもよ先生。俺がこれを組員に言えばあんたはこの場所を失うぞ?兄さんや親父派の人間は薬を嫌う。あんたが医者として働けるのはここだけだろ?勿論賢いあんたなら、医者としてじゃなくても生きていけるだろうけど、けどよ、親父や兄さん。香満への恩を仇で返すのか?くくっ、簡単なことだろ?あんたはただ頷けばいいんだよあんたは何も悪くない、ただ俺に命令されてやってるだけなんだからな」

 「……っ……」

 「またお香貰いに来るからな、用意しててくださいね」

 ポンっと肩を叩かれ去っていく後ろ姿に目を向ける。
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