「へぇ〜、そうやって飛び降りておしまいにしよっちゅう魂胆かい。江戸の女郎は性根が据わってまへんなぁ。」
背後から聞こえるその声に、2階の自室の窓から大きく身を乗り出していた菊がビクッと動きを止めた。
声の主は京の遊郭から移ってきた女装遊女の凛だった。
甘い顔立ちで京の遊郭を席巻したが加齢には勝てず、落ちぶれていたところを置屋の主人の趣味で引き抜かれたため、遊女というより置屋の主人の愛人という立ち位置だ。

凛は菊を自室に連れて帰り、お茶を出した。
「隣の部屋で自害なんて目覚めが悪いわ〜。なんや、殿方にでもいけずされたん?私らみたいな遊女やったら、よくあることやろ〜。遊郭を一歩出たら、みんな夢から覚めんねん。」
凛は自身の恋愛話をし、菊は両手で茶碗を持て余しながら下を向いていた。
「凛さん、お呼びですか」 
菊の行動を番頭に諌めてもらおうと、凛が呼んだ健太が部屋の襖を開けた。
驚いた菊が手から茶碗を落とし、手と着物に熱いお茶がかかった。
「菊さん!大丈夫ですか!」
健太が菊に駆け寄り腕をつかんだ。
お茶のかかった手を見ようとしたが、菊はそれを振り払うと部屋から出ていった。
「なるほどなぁ〜、元凶はあんたか。今あんたがあの子に何しても、傷口に塩塗るようなもんやわ。私が見るから、あんたは手ぬぐいと冷たい井戸水持ってきて。」
追いかけようとする健太を凛は制止した。健太に腕を掴まれた時の泣きそうな菊の表情を、凛は見逃していたかった。
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