夕刻の置屋、健太が菊の体を拭き終わると、菊は西陣織の浴衣を自ら羽織った。
これから少しすると、菊専門の髪結い師と化粧師と着付け師が入るのだ。
15歳になった菊の美貌には拍車がかかり、遊郭から江戸全域へと噂が轟つつあった。
女装遊女の地位は相変わらず低いものの、誰も口にはしないが遊郭で一番の美貌は菊であるのは明らかで、置屋は改築を重ね、遊郭で最も端に位置しながらもどんどんと豪華な建物に変わっていった。

「菊さん、これ…」
18歳になった健太は恥ずかしそうに、菊に一本のかんざしを差し出した。
当時は珍しい金属製のかんざしだ、しかしちょっと飾り気がない。
実は当時の未熟な加工技術で美しい彫刻の装飾の大部分が取れてしまい、かんざし屋で投げ売りされていたのだ。
今の菊は、置屋が用意したり客からの贈り物で、立派なべっ甲のかんざしや、朱漆に金粉が散りばめられた豪華絢爛なかんざしなどたくさん持っている。
しかし丁稚奉公でほぼ無給である健太は、その投げ売りされたかんざしを買うのが精一杯だった。
「……あの…ちょっと…地味だけど…」
菊は驚いた顔でそれを受け取った。
そして両手で大事に持つと、目を瞑りかんざしを胸に当てた。
間もなく髪結い師が部屋へやってきた。
菊は客から贈られた漆塗りの書箱を開けると、カエルのおもちゃの隣にかんざしを置いて蓋を閉めた。
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