「これは前金だ、事が済んだら残りを支払う」
三味線の音色が響く華やかな宴会の席を壁一つ挟んだ薄暗い廊下で、この家の大主が男に小判が入った袋を渡していた。
「子など、どこからか貰えばいい。俺はあいつを貰い受ける」という息子の言葉に、最初大主は耳を疑った。
どんな美貌を持ち合わせていようと、どんなに評判が良くなろうと、こんなことは一族始まって以来の醜態だ。
絶対に認めることは出来なかった。

肌寒い夕暮れ、屋敷の大広間では若旦那が主催する秋の収穫を祝う大宴会が行われ、周辺の村人が集い豪華な料理と酒に舌鼓を打っていた。
その中でもメインイベントは菊の舞踊だった。
京から取り寄せた豪華絢爛な着物に身を包み、美しい結髪に豪華な装飾を施し、白塗りに真っ赤な紅をさした菊が三味線に合わせ舞った。
「女装のだろうが、京では遊女が舞踊を嗜むのは当たり前」という凛の提案で、置屋時代に少し稽古をしたことがあったのだ。
芸姑や玄人の遊び人からすれば、菊の舞踊はとても見れた代物ではなかったが、芸など全く縁のない村人達は艶やかな菊の姿や三味線の音色など、初めて見る舞踊に大いに魅了された。

「若奥様!とてもお綺麗でしたわ!」
女中は興奮覚めやらぬといった様子で、その美しい着物を衣桁に掛けながら言った。
踊り終った菊は部屋へ戻り、米ぬかが溶けた水が入ったタライに身をかがめ、慣れた手つきで化粧を洗い流していた。
「若旦那は村の殿方達とまだしばらく宴会をなさるそうで、若奥様は先に休んでいるようにと。」
女中は洗顔を終えた菊に手ぬぐいを渡しタライを小脇に抱えると、先ほど見た菊の舞踊の真似か、鼻歌交じりに手をヒラヒラとさせながら部屋を出ていった。
菊は手ぬぐいで顔を拭うと、安堵の表情で小さく息をついた。
そして、障子に近づき少し開けた。
それは綺麗な満月だった。
遠くで宴会の賑やかな声が聞こえた、菊はどこか穏やかな気分で満月を見つめた。
満月は青白い光で、優しく菊の顔を照らした。
その時だった、背後から何者かが菊の口を塞いだ。
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