1章 「目黒の桜」

 そして出たところで、山崎は異変を感じた。
 先程まで食堂手前の喫煙スペースにたむろっていた隊士達の輪は、壁の左右に隊歴の長いものは前、短いものは後ろにと姿を変え、黒の隊服に白の道着、寝間着の甚平姿と装いはバラバラながら、顎を軽く引き直立不動で二列に横一線で整列するその様は、さながら統率のとれたどこぞの軍隊のような様相だった。
 そしてその向こうから、この変貌をもたらした源泉がパタパタとスリッパの音を鳴らしながらこちらへ近づいていた。
 真選組には局長や副長、部隊長に有って筆頭に無いものがある。それは胸元の白いマフラーだ。
 3年前の真選組創立の際、幕府は世界最強と称されるフランス陸軍の軍服を参考に、大きな立ち襟に筒袖(つつそで)という当時では珍しかった洋式のデザインを採用した。そして生地は丈夫で伸縮性に優れたガルカディア製の化学繊維を採用。アメリカを通し輸入したが国内の繊維業者では漂白技術が追いつかず、その結果現場では大量の返り血を隠す機能を持った、今や真選組の代名詞でもある全身漆黒の隊服姿が誕生することとなった。
 浪士組から真選組に組織再編する過程で、幕府は彼らが家風や諸々の制約を持たない平民出身であることを良いことに、様々な試験的改革を行った。洋式の制服を採用したのを皮切りに、武家出身者ではない近藤と土方に幕府関係機関の立ち入りを特別に許可し、公安警察という新たな取締りの概念と即時執行の権限を付与して、急激な時代の変化に対応すべく新たな時代の新たな治安維持機関として最前線に押しやったのだ。
 しかしその中で唯一、幕府が譲らなかったものがあった。それは死にゆく者の色、死を覚悟しそれをいとわない者の色。
 それはけして、敗北の色などではない。本場フランスの服飾デザイナーを交えた会議で何度も首をかしげる相手に、幕府の担当者は自分達、そして刀を握る者達の根底に流れるものをつたないフランス語で必死に説明した。
 大将が倒れれば、戦は負ける。大将が倒れるまで、腕の一本、足の一本がなくなろうが侍は刀を握り続ける。大将のそれは豪華な装飾であってはいけない。死にゆく者が最後に見届ける色、戦う者が最後まで護り続ける色。そしてその御旗は、死を覚悟しそれを凌駕した者の色。白色でなければいけない。
 隊長の白いマフラーが目に映る限り、隊士は例え最後のひとりになろうとも刀を振り続ける。
抜刀部隊に有って後方支援部隊に無いもの、それは戦場での白い御旗なのだ。
 山崎はその白マフラー姿を確認すると隊列の前をそちらに向かって歩き出した、もちろん報告書を受け取ってもらうためだ。
 今日のメインは抜刀部隊で監察の報告はさほど重要ではない、だから副長が隊列のトンネルを抜けて宿舎に帰ってしまう前に手渡してしまおうという寸法だった。
「副長!」
 いつものように声をかけたつもりだった、が、何かが違った。
 一歩間違えば烏合の衆と成り果てる隊士総勢250名を、絶妙なバランス感覚と天性の危機管理能力で圧倒的な統率力を発揮してまとめ上げる真選組の屋台骨。そしてそれを普段から肌感覚で身近に感じ取っている真選組隊士の間でいつの間にか囁かれると、どこから漏れたのか最近ではメディアやSNSでも散見するようになった二つ名、それが「鬼の副長土方十四郎」の由来だ。
「あ?」
 その鋭い眼光も山崎に対する気だるげな返事もいつも通りなのだが、向けられた目線の位置だけがいつもと違った。土方の目線はある一点を見つめ動かないのだ。
「報告書、、、を、、、」
 キャラクターもの使うなかれ、、、いや、、、芸能人グッズ使うなかれ、、、いや、、、ヤバい!、、、殺される!、、、。
 山崎は頭の中で無数に存在する局中法度を高速で思い返しながら、両腕で胸元に抱いていた歌姫のファイルを思わずさらにギュッと抱きしめた。
「あの、、、これは、、、もらい物でして、、、」
 思わず変な嘘が出た。いや、監察で培った危機管理能力がそう言わせた。
 土方は視線を変えてギロリと山崎を一見すると、「部屋に置いとけ」と言いながら方向を変え、厠へ入って行った。
(なんなんだよー!いちいちムダに怖ぇーんだよー!)
 こんなものはさっさと置いてきてしまおうと、山崎は幹部宿舎の方向へ歩き出した。
 もちろん置いてくるのは中身の報告書だけだが。
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