1章 「目黒の桜」
表門を入り少し歩くと、大きく開け放たれた屋敷入口があり、入ってすぐ左側には真選組総勢250名の名簿板があった。
局長近藤勲を筆頭に、副局長土方十四郎、巡察方が三番隊を除く一番隊から十番隊まで各部隊20名ずつ、監察方10名、調査方26名、会計方3 名、そして昼夜交代で江戸の治安を守る隊士達の心のオアシスであり、パワーの源でもある食堂を24時間体制で受け持つ賄(まかない)方20名、部署ごとに分けられた木札に名前が書かれ壁に掛けられている。
巡察方三番隊は斎藤終隊長1名の部隊で主な任務は内部調査、江戸の治安維持ではなく隊規違反を犯した隊士を割り出し粛清する、真選組の裏の顔だ。
山崎は下の方にある監察方の木札の前まで行くと、一番右にある自分の木札を手に取り、外出中の赤文字の名前をひっくり返し、在屯中の黒文字の面にして掛け直した。
そのまま進んで靴を脱いで土間を上がると、その先は立派な赤杉の大廊下が続いている。
進んで直ぐ左側は応接用の広い座敷があり、右側には会計方の事務所がある。
密偵に行った場合など、帰ってきてすぐに立て替えた経費を精算できるので、監察方としてはありがたい場所にあった。
その先は食堂や売店、各部隊事務所に通信指令室、会議用の大広間や大浴場があり、その奥を左に行くと各部署ごとに分かれた隊士宿舎があり、右に行くと部隊長や筆頭から上のクラスが入る幹部宿舎がある。
監察方は基本的に緊急出動がないという理由で敷地内でも最も奥の離れに宿舎があり、筆頭も幹部宿舎ではなく隊士宿舎に入居していたが、監察方筆頭の山崎はその事に関して全く気にしていなかった。
そもそも幹部宿舎は個室だが一般隊士の宿舎は4人部屋が基本で、それに比べ、弓道場を改築して作られた監察方の宿舎は部隊人数のわりに面積が広いため2人部屋だが、それでも1部屋余るため山崎は2人部屋をひとりで使用していた。
山崎はくるりと向きを変えると、入り口を出て外へ戻り、中庭の方へ歩き出した。
この屋敷は留置所と取り調べ室、道場以外は全て棟続きなので、入り口から入って建物内を移動してもよいのだが、監察方宿舎に向うには外から中庭を横切った方が早かった。
しかも屋敷入り口には下駄箱がなく、隊士達は各宿舎の内玄関に設けられた下駄箱まで靴を手に持って移動しなければならないので余計に面倒なのだ。
さすが元大名屋敷の貫禄か、敷地内には大きく枝を広げた立派な桜の大木が至る所に植えられていた。
しかし、今年はもう3月末だというのに肌寒く、枝は小さな蕾を携えるに留まっていた。
中庭の桜並木を過ぎて道場の前を横切ると、巡察方の連中が稽古中なようで、複数の竹刀がけたたましくぶつかり合う音が外まで鳴り響いていた。
屯所内ではニヤニヤを抑えていたつもりだが、もう無理だった。
宿舎に到着すると内玄関から中に入り、土間で隊靴を脱いで廊下に上がった山崎は、少し前に結んだばかりの下緒をときながら歩いた。
自室の前に到着すると障子を開け、ふたつあるベッドのうちの片方へ向いながら、ベルトから刀を引き抜き、ポンッと床へ投げた。
「ただいまぁー!!会いたかったよぉ〜!!」
山崎はベッドの上の抱き枕めがけて豪快にダイブすると、抱きついて顔を埋めた。
その抱き枕には今宇宙で一番人気の歌姫の全身が等身大でプリントされており、もちろんファンクラブ限定の公式グッズだ。
山崎のベッドの壁周辺には隙間のないほど歌姫のポスターや雑誌の切り抜きが貼ってあった。
不意に何かを感じて振り返ると、監察方の新人隊士が部屋の入口で顔を引きつらせ立っていた。
「なに?」
山崎は怪訝な顔を浮かべると、ベッドから降りて反対側にあるデスクへ向かった。
「あのぉ…今日はどうでした…?」
新人隊士は遠慮した口ぶりで尋ねてきた。
「あぁ、バッチリだったよ」
新人の彼が初めて関わった仕事だった。
「我々の汗と涙の3ヶ月が実を結んだんですね!!」
次々と拠点を変える攘夷浪士の内偵捜査はなかなか骨が折れるもので、拠点の突き止めに1ヶ月、張り込みに1ヶ月、潜入捜査に1ヶ月、晴れて今日の集会の情報を掴むことができたのだ。
「まぁ、最後は一瞬だったけどねぇ〜」
この3ヶ月、初任務の彼の傍らで監察の仕事を一から教えた。彼は自分も今日の集会に潜入したいと今朝の出動ギリギリまで懇願したのだが、それだけは許可できなかった。
「監察方の部隊会議は明日するから」と彼に告げ帰らせると、デスクで上司用の報告書をまとめ始めた。
報告書が出来上がると、ニヤニヤしながら歌姫の顔がプリントされたファイルに入れた。
こんなことだけでも仕事のモチベーションが上がる、良い仕事をするための山崎なりの方法だった。
ファイルを持って、ひとっ風呂浴びて食堂で夕飯、その後幹部宿舎の副長へ報告書提出、これが最短ルートだ。
山崎は「よしっ」と立ち上がると、寝巻きの甚平と報告書入りの控えめに言って宇宙一かわいいファイルを胸元に抱えて部屋を出た。
局長近藤勲を筆頭に、副局長土方十四郎、巡察方が三番隊を除く一番隊から十番隊まで各部隊20名ずつ、監察方10名、調査方26名、会計方3 名、そして昼夜交代で江戸の治安を守る隊士達の心のオアシスであり、パワーの源でもある食堂を24時間体制で受け持つ賄(まかない)方20名、部署ごとに分けられた木札に名前が書かれ壁に掛けられている。
巡察方三番隊は斎藤終隊長1名の部隊で主な任務は内部調査、江戸の治安維持ではなく隊規違反を犯した隊士を割り出し粛清する、真選組の裏の顔だ。
山崎は下の方にある監察方の木札の前まで行くと、一番右にある自分の木札を手に取り、外出中の赤文字の名前をひっくり返し、在屯中の黒文字の面にして掛け直した。
そのまま進んで靴を脱いで土間を上がると、その先は立派な赤杉の大廊下が続いている。
進んで直ぐ左側は応接用の広い座敷があり、右側には会計方の事務所がある。
密偵に行った場合など、帰ってきてすぐに立て替えた経費を精算できるので、監察方としてはありがたい場所にあった。
その先は食堂や売店、各部隊事務所に通信指令室、会議用の大広間や大浴場があり、その奥を左に行くと各部署ごとに分かれた隊士宿舎があり、右に行くと部隊長や筆頭から上のクラスが入る幹部宿舎がある。
監察方は基本的に緊急出動がないという理由で敷地内でも最も奥の離れに宿舎があり、筆頭も幹部宿舎ではなく隊士宿舎に入居していたが、監察方筆頭の山崎はその事に関して全く気にしていなかった。
そもそも幹部宿舎は個室だが一般隊士の宿舎は4人部屋が基本で、それに比べ、弓道場を改築して作られた監察方の宿舎は部隊人数のわりに面積が広いため2人部屋だが、それでも1部屋余るため山崎は2人部屋をひとりで使用していた。
山崎はくるりと向きを変えると、入り口を出て外へ戻り、中庭の方へ歩き出した。
この屋敷は留置所と取り調べ室、道場以外は全て棟続きなので、入り口から入って建物内を移動してもよいのだが、監察方宿舎に向うには外から中庭を横切った方が早かった。
しかも屋敷入り口には下駄箱がなく、隊士達は各宿舎の内玄関に設けられた下駄箱まで靴を手に持って移動しなければならないので余計に面倒なのだ。
さすが元大名屋敷の貫禄か、敷地内には大きく枝を広げた立派な桜の大木が至る所に植えられていた。
しかし、今年はもう3月末だというのに肌寒く、枝は小さな蕾を携えるに留まっていた。
中庭の桜並木を過ぎて道場の前を横切ると、巡察方の連中が稽古中なようで、複数の竹刀がけたたましくぶつかり合う音が外まで鳴り響いていた。
屯所内ではニヤニヤを抑えていたつもりだが、もう無理だった。
宿舎に到着すると内玄関から中に入り、土間で隊靴を脱いで廊下に上がった山崎は、少し前に結んだばかりの下緒をときながら歩いた。
自室の前に到着すると障子を開け、ふたつあるベッドのうちの片方へ向いながら、ベルトから刀を引き抜き、ポンッと床へ投げた。
「ただいまぁー!!会いたかったよぉ〜!!」
山崎はベッドの上の抱き枕めがけて豪快にダイブすると、抱きついて顔を埋めた。
その抱き枕には今宇宙で一番人気の歌姫の全身が等身大でプリントされており、もちろんファンクラブ限定の公式グッズだ。
山崎のベッドの壁周辺には隙間のないほど歌姫のポスターや雑誌の切り抜きが貼ってあった。
不意に何かを感じて振り返ると、監察方の新人隊士が部屋の入口で顔を引きつらせ立っていた。
「なに?」
山崎は怪訝な顔を浮かべると、ベッドから降りて反対側にあるデスクへ向かった。
「あのぉ…今日はどうでした…?」
新人隊士は遠慮した口ぶりで尋ねてきた。
「あぁ、バッチリだったよ」
新人の彼が初めて関わった仕事だった。
「我々の汗と涙の3ヶ月が実を結んだんですね!!」
次々と拠点を変える攘夷浪士の内偵捜査はなかなか骨が折れるもので、拠点の突き止めに1ヶ月、張り込みに1ヶ月、潜入捜査に1ヶ月、晴れて今日の集会の情報を掴むことができたのだ。
「まぁ、最後は一瞬だったけどねぇ〜」
この3ヶ月、初任務の彼の傍らで監察の仕事を一から教えた。彼は自分も今日の集会に潜入したいと今朝の出動ギリギリまで懇願したのだが、それだけは許可できなかった。
「監察方の部隊会議は明日するから」と彼に告げ帰らせると、デスクで上司用の報告書をまとめ始めた。
報告書が出来上がると、ニヤニヤしながら歌姫の顔がプリントされたファイルに入れた。
こんなことだけでも仕事のモチベーションが上がる、良い仕事をするための山崎なりの方法だった。
ファイルを持って、ひとっ風呂浴びて食堂で夕飯、その後幹部宿舎の副長へ報告書提出、これが最短ルートだ。
山崎は「よしっ」と立ち上がると、寝巻きの甚平と報告書入りの控えめに言って宇宙一かわいいファイルを胸元に抱えて部屋を出た。
