1章 「目黒の桜」

 いつの間にか街は夕暮れのオレンジ色で鮮やかに染まり、帰宅を急ぐ人の群が行き交っていた。
 そう言えば、地球に初めて異星人が現れた日もこんな夕暮れの空だった。
 突如、各国上空に巨大な宇宙船がいくつも現れ世界中がパニックに陥った。
 異星人は地球の代表者と接触を求めたが、当時の地球では国交など皆無の世の中で、各国首脳が集うことさえままならず、異星人主導により急ごしらえで暫定的な地球政府が組織された。
 当時の日本といえばアメリカに開国を迫られた幕府の権威は失墜、倒幕の機運が高まり全国で小競り合いが多発している最中の出来事に国内は大混乱を極めた。
 地球政府樹立にあたり少しでも有利な立場を目論むアメリカは、その混乱の隙を狙い武力をチラつかせ幕府を掌握。
 武器と資金を大量に提供して倒幕勢力を制圧させ、幕府の権威回復を仕向けた。
それ以来、江戸幕府は日本幕府と名を変え、アメリカの属国として世界に認知されるようになった。
 それから10年あまり、異星人の高度な技術を享受した地球人は電化製品からインフラまで急激なライフスタイルの変化に見舞われたが、それに見合った精神や文化の進化が追いつかず、各国で封建主義が色濃く残る民主主義という歪んだ世界を作っていた。
 異星人は地球人に公平な競争の有益性を教え、そのため世界は独占から分配へ、権威主義から自由主義へ表面上は流れを変えた。
 まがりなりにも公平な世がもたらした副産物は、平和を求める民衆の意識だった。
 武力での争いより経済での争いへ、そんな機運の高まりに便乗する形で幕府が廃刀令を号令したのが五年前だ。
 しかし、当然ながら反発はあった。
 自由経済により力を付けた商人や農民に押される形で存在感を失いつつあった武家勢力が、武士の魂を規制することに反対したのだ。 
 武家勢力が反発したのは廃刀だけが理由ではなかった。
 廃刀令規定の中にはアメリカが助言した銃器全般も含まれており、有事の際に日本中が丸腰になることを憂いたのだ。
 折衷案を考えた幕府は、「幕府関係者、大名、旗本、御家人、警察機関に真剣及び一部銃器所持を認め、使用は申請制とする。又、任務等により緊急性を要する警察機関は申請不要とする。」という新規定を設けた。
 ついでに全国刀鍛冶職人組合からの規定緩和の嘆願を受け、嗜好品及び美術品として模造刀の製造と一般販売を許可した。
 実は武家の間で軽く手入れの要らない模造刀が密かに流行っていたり、金策に困った全国の大名や旗本が真剣を横流しして攘夷浪士のような者の手元へ渡ったりと、廃刀令の弊害は現在の続いている。
 山崎は少しずつ街の喧騒から離れ、郊外へ続く道を歩いていた。
 この先、1キロ程歩けば巨大な黒塗りの表門がそびえる広大な武家屋敷にたどり着く。
 元々は地方の大名が参勤交代で常駐する際に使用していた江戸屋敷で、10年前に倒幕の謀反容疑を掛けられ御家取り潰し、空き家になっていたところを3年前の真選組設立の際に改装され屯所に流用されたのだ。
 一帯は店や住宅もまばらな閑静な小高い場所で、大音量のサイレンを鳴らしながら出動しても苦情のひとつも来たことがなかった。
 山崎は屯所まであと数百メートルというところで路地を左に曲がると、少し歩いた先の甘味処に入った。
 初老夫婦がふたりで営む店で、カウンター席5つとテーブル席4つが常に半分は埋まっている、この辺では人気の店だった。
 カウンター席のひとつに座ると、「いらっしゃいませ」と女将がテーブルにお冷を置いた。
「いつもの、甘酒はいいや」と山崎が注文すると、「はい」とにこやかに返事をして厨房へと戻ったが、手元のオーダー表に注文が書かれることはなかった。
 山崎は目線を落としてしばらく座っていたが、「厠(かわや)借りるよ」と席を立つと、カウンターの中の店主は練っている餡に目線を落としたまま、「へい」と答えた。
 山崎は店の奥に進み、わずかに辺りを見回すと厠を通り過ぎ、その奥の扉を開いた。
 入り口付近のスイッチを押して灯りを付けると、そこにはいろいろな大きさの段ボールが棚にところ狭しと並んでおり、山崎は一番端の「薩摩産さつまいも」と書かれた段ボールを取り出すと、蓋を開けて中から黒い隊服を取り出した。
 そして、眼鏡を外すと着ていた着物を脱ぎ隊服へ着替え、眼鏡と着物を一緒に段ボールへしまうと、元あった場所へ戻した。
 壁に立て掛けられた「甘味処」「いちごフェア」ののぼりをかき分け奥に埋もれていた刀を取り出すと、真選組特注の刀差し用革ベルトに刀を通し、ベルトに下緒を結んで垂直気味に腰に固定した。
 下緒を結びながら、山崎は少しニヤニヤしてしまった。
 扉の前で一旦顔を真顔に戻すと、扉の小さな覗き窓から外を確認した。
 ドアを開けて厠を通り過ぎ店内に戻ると、歩きながらポケットの中の紙幣を1枚取り出してカウンターの端に置き、「ごちそう様」と店内を出た。
「ありがとうございました〜」と後ろの方で女将の朗らかな声がした。
 山崎のニヤニヤは口角を限界まで押し上げ、ついに戻らなくなってしまった。
 それを気取られまいと下を向きながら歩き、門番の「お疲れ様です」の声に普段なら「お疲れ様」と声をかけるも、今日は頭を少し下げただけで屯所の中へ入った。
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