1章 「目黒の桜」

「無は有を生まず、有は無に還らず、いずれ全ては灰となる。それが世界の真実であり、それが世界の未来である。」
 思想が強いやつらとは、なぜこうも偏った考えをするのか。山崎はうんざりしながら渡された資料に目を落とした。
 料理屋の2階を貸切った30畳の大広間には、腰に刀を携えた40名以上の男達がすし詰め状態で座っていた。
「アメリカの顔色うかがいしか能のない幕府の腰抜けどもに、この国を護れるはずがあるか!!」
 開始から30分、演説の声はますます熱を帯びていく。
「我々は国家を相手にしているのではない!!日本を腐らせる罪人を相手にしているのだ!!」
 そろそろか。
 山崎は重みでずり落ちそうな極太フレームの眼鏡を押さえながら演説者を見上げた。
「今こそ革命の時である!!」
 演説者の顔は高揚して赤みを帯び、瞳には悦の色が滲んでいる。
(ちゃんと撮らないと)
 山崎は遥か前方の講演者を見ながら、眼鏡右側のツルを親指と人差し指でつまみ、わずかに上下すると最適位置を探った。
 そして、つまんだ指をそのままスルスルと耳元へスライドさせ、突起物の感触で指をとめた。
「我々が倒すべき罪人は徳川征夷大将軍ただひとりである!!」
 この時を待っていた。山崎は突起物を指で強く押す。
 次の瞬間、怒号とともにふすまが蹴り飛ばされた。
「御用改めである!!真選組だ!!」 
 そこに現れたのは、真選組十番隊隊長の原田だった。
 その声を皮切りに次々とふすまが蹴り飛ばされ、黒の隊服に身を包み刀を構えた十数人の隊士が、いっきに広間へなだれ込んできた。
「国家転覆防止法第24条緊急執行につき、これから貴様ら全員を粛清する!!」
 罪状を叫ぶ原田の手には、こちらに画面を見せるように握りられたスマホがあり、そこには先程の山崎目線で撮られた演説の動画が映っていた。
 天下分け目の戦いからはや200年、この太平の世の中で腰に差した大多数の刀は、命のやり取りではなく、声高に叫ぶ主義主張や見栄と体裁取りの道具になっているのが現実だった。
 壮絶な斬り合いなどは歌舞伎の作り話の中だけで、振りかぶられる刃に大半が逃げ惑うしかなかった。
 それでも腕に覚えのある者は権力の犬に引いてたまるかと刀を抜き、早々に鋼のぶつかり合う音が響き始めた。
 怒号と鋼の音が混ざり合い、大広間は一瞬にして戦場へと変貌した。
 山崎は喧騒の中を立ち上がると、ソロリソロリと後退りした。
 そして納戸の前に着くと後ろ手でふすまを開け、くるりと身をひるがえし納戸の中に入ってふすまを閉めた。
 刃のぶつかり合う音や肉の裂ける音、悲鳴のような命乞いの言葉に絶命の断末魔、ふすまの向こうでは様々な音が絶えずとどろいていた。
 山崎が真っ暗な納戸の中でじっと身を潜め、しばらく経った頃だった。
「スパンッ」
 突然ふすまが明け放たれると、そこには刀を大きく振りかぶる真選組隊士がいた。
 大きく見開かれた目は瞳孔が開き、歯を食いしばったこめかみには無数の筋が浮き上がっている。それは人斬りの狂人の顔だった。
 上目遣いの山崎がとっさに懐から黒い手帳をのぞかせると、振り下ろされた刃は頭上10センチでピタリと止まった。
 隊士は一瞬ハッとした表情を見せると素早く頷き、ピシャリとふすまを閉めた。
 逃走を防ぐため、建物の外は真選組隊士がぐるりと取り囲んでいる。
 極限状態の中で変装した味方など簡単に判別できるわけもなく、外へ出れば隊士手帳を見せる間もなく斬り殺されてしまう。
 納戸に隠れたのはそのためだった。
「斬られる前に斬る」
 真選組における唯一無二の絶対法則、その優れた点は斬った方が正義ということだ。
 どんなに立派な主義主張でも、死んだ人間の口から語られることは何もない。
 創設から丸3年、真選組の歴史はそうやって紡がれてきた。
 静かになったところを見計らい、山崎はふすまを開けた。
 すでに調査方が到着しており、おびただしい死体の周りで現場検証が始まっていた。
 その場にいた全員が一斉にこちらを向き、同時にあちらこちらから「カチャ」と抜刀する音がした。。
(真選組諸士調役兼監察方筆頭 山崎退)
 山崎は懐から隊士手帳を取り出すと、二つ折りの手帳を片手で開き、無言で自身の前に掲げた。
「おう」
 広間中央で調査方の傍らにいた原田は小さく頷くと、向き直してまた調査方の隊士と話し始めた。
 無数のフラッシュがたかれ現場検証が進む中、山崎は死体と血溜まりの間を縫うように歩き外へ出た。
 店の外では赤色灯をつけた真選組の車両が多数乗りつけられており、立ち入り禁止テープの外にはたくさんの人だかりが出来ていた。
「攘夷浪士の集会だってよ」
「今どき国家転覆なんざ流行んねーよ」
「しっかしあのチンピラ警察もなんとかならんもんかね、気味悪くてしょうがねぇ」
 山崎は人だかりの中を分け入るように歩き、その場を離れた。
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