1章 「目黒の桜」
その日、近藤と土方は江戸城にほど近い、千代田町にある警察庁本庁の三階大会議室にいた。
約1ヶ月後に迫った、異星大物アーティストの初来日公演。
二年前、各国による各競技の選抜選手が一同に集まり、上位3つの金牌、銀牌、銅牌をかけて争う万国五輪競技大祭の第二回目が、お隣清国と日本の合同開催で行われた。
開国始まって以来の世界規模のハレの日を成功させようと、幕府は欧州からたくさんの技師を呼び寄せ、メイン競技場である江戸スタジアムを完成させた。
その後は、国内の競技大会に使用されることはもちろん、八代目市川團十郎演じる「十八番(おはこ)大歌舞伎」が、3日間の公演で観客一万五千人を動員するなど、名実共に国内興行の中心地となった江戸スタジアムは、ついに地球外からの大物アーティストを呼び込むことに成功したのだ。
幕府に知らされているアーティスト側の運営スタッフは約50名、そこに地球政府から派遣される運営スッタフが200名。
幕府は主に舞台設営や警備を担当し、舞台の設営技師が100名、屋内外の警備や周辺の交通整理に警察官500名、民間警備会社600名の大所帯になる予定だった。
半年ほど前から行われていた運営会議は最終段階に入り、各関係者による合同会議が開かれる運びとなった。
大会議室の長テーブルには、入口から向かって右側に主催者である地球政府の官僚や運営チームの代表者、消防局の幹部や民間警備会社の代表などが座り、左側には警察庁警務局幹部や江戸広域に散らばる旧奉行所、現在は市中見廻り局と名を変えた各局の局長がずらりと並ぶと、その最後尾、入口に一番近い席が近藤と土方の席であった。
生まれの身分が違えど階級が近ければ話は合うものなのか、近藤は先程から、隣席の品川市中見廻り局の局長と釣りの話に花を咲かせていた。
土方は腕組みをしながら、会議室のいたるところで繰り広げられる中身のない談笑に尻のあたりをムズムズさせ、いっこうに始まらない会議にイライラしていた。
苦し紛れに眼前のお茶に手を伸ばしながら、それでもマシになったよなと土方は思った。
以前なら近藤と土方の席だけ飲み物が用意されていないことはザラで、それどころか会議資料が配られていないことも多々あり、手違いとして嘲笑顔の警察本庁職員が会議途中にそそくさと配るのが常だった。
しかし、幕府肝いりの「働きやすい環境作り推進キャンペーン」とやらが本領を発揮したのか、そういったわかりやすい「手違い」はめっきり無くなり、役人風情はこうも風見鶏になれるものかと、土方はむしろ感心したぐらいだった。
それに落ち着かない理由がもうひとつ、ここに居るべき人物がひとりいないのだ。「警察」と名乗りながら、いつも堂々と来賓席に座るあの人物が。
茶碗を口に付けたその時、不意に右側に気配を感じると、それは土方の耳元に近づき囁いた。
土方は軽く頷くと、隣の近藤に「ちょっと出る」と告げ席を立った。
