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アルス・マグナ

「アルス」


聞き慣れた声。
口の中に苦味が広がるのを感じて強ばっていた俺は、自分の名前を優しく呼ぶその声で少し緊張の糸が緩む。

俺が持っているのは少し大きめのビン。中には何かの薬がたっぷり入っている。
父さんに飲むように促されたのだ。

「父さん、これ苦いよ…」
「っはは、良薬は口に苦しってね。ちゃんと全部飲むんだよ」

俺が顔をしかめてみせても、父さんはへらへら笑っている。
何を考えているのか想像もつかない。何の薬なの、と聞いても、父さんはやんわりと誤魔化して返事をするだけだ。
一体なんだと言うのだろう。


「アルス」

また、ふと呼ばれ、顔を上げる。

その時の父さんの顔はいつもと違って。
弱々しく、今にも泣いてしまいそうな。
それでいて愛おしそうに、俺の姿をしっかりと見つめる。

そんな父さんの表情に驚き俺が固まっていると、父さんはゆっくり口を開く。

「……託したんだ」
「……え?」
「お前に託したんだ。アルス、お前には才能がある。俺なんかより、ずっと、ずっとだ。一番近くで見てた俺が言うんだから間違いないよ」

「もしもの時に生き残っているのは、俺じゃなくてお前であってほしい。だから…」

そこまで言って父さんは口をつぐむ。

どういう事だろう。
理解するにはまだ頭が足りなかった。


そうだった。

その頃の俺は、まだ何も知らなかった。


「大丈夫だよ、泣かないで」


真っ赤に染まる目前。

これは悪い夢。悪い夢。



いつまで経っても、覚めてくれない。
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